発酵インタビュー

発酵に関わる食文化や
商品開発、普及、研究を進める
発酵のプロにインタビュー。

「命は命で元気になる。」
〈発酵食堂カモシカ〉の関恵が、
1000年先へ繋いでいきたいこと

posted:2021.12.3

京都・嵐山にある〈発酵食堂カモシカ〉は、発酵をテーマにした食堂だ。おいしくて体に良い、手づくりの発酵料理を食べられることはもちろんだが、それだけには収まらない。「命は命で元気になる。」をコンセプトに掲げ、「発酵は一生かけてもいい本質的な価値がある」と確信したという、店主・関恵(せきめぐみ)さんの並々ならぬ想いと覚悟がこの事業には込められている。発酵を通して、関さんが人生をかけて実現したいこととは?

スウェーデン留学、出産、そして東日本大震災などの経験を経て、関さんが伝えたい発酵の魅力について話を伺った。

スウェーデンの福祉の現場で得た経験が、
自分を動かすきっかけに

昔から健康や医療への関心が高かった、という関さん。実家は京都で薬局を営んでおり、周りに医療関係者が多かったこともあって、「人はどうやって健康になるのだろう」というヘルスケアへの興味が自然と高まっていったという。いずれは健康・医療の分野で何か役に立ちたい、と学生時代から思っていたそうだ。

北海道大学で政治経済を学び、その交換留学生としてスウェーデンへ行く機会を得た。そのときに、現地の福祉の現場を調査したことが、関さんのその後の人生に大きく影響を与える最初の転機になった。

「施設のケアと在宅ケアの両方を調査していましたが、スウェーデンを知れば知るほど、日本は30年以上遅れている、という実感を目の当たりにすることの繰り返しでした。福祉を中心に、それを支える政治や女性の社会進出などについても、ずっと先を行っている印象。普通にこうだったらいいな、と思っていることが当たり前に実現されていて。当時は日本の良さってなんだろうと、疑問が湧くばかりでした」

スウェーデンでの経験がなかったら、今の自分はなかった、と関さんはいう。そこで吸収したことは、自身の考え方や思想のバックグラウンドに大きな影響を及ぼした。人生は多様でおもしろい生き方がある、と認識することもできた。今後は自分で自分の人生をつくって行こう、と心を決めた一つのきっかけにもなった。

「日本の良さがなかなか見つけられないなかで、それでも一つだけとても優れている、と感じたのが食でした。お醤油の旨みだったり、だしの繊細な風味だったり。そういう味わいの深さや複雑性が、やはり日本はすごいなと思って。そこが唯一の拠り所でした」

帰国後は、医療・福祉のおもしろさに改めて目覚め、いつかは事業として何かを起こしたいという思いから、関さんは世界を広く見聞して独立のための力をつけようと、外資系コンサルティング会社へ就職した。その後、より深く医療分野に関わるために、医療専門のコンサルティング会社へ転職し、病院や医療関係企業のコンサルに従事した。そこで得たビジネススキルは、現在の食堂にもしっかり反映されているそうだ。

「当時の職場の人は、今の私の仕事にはきっととても驚くと思いますし、私自身も食堂をやるなんて過去の自分が知ったらびっくりするくらい、全く思いも寄らなかったです。でもビジネスという視点で、自身の価値をどうやって出すかを常に考えているのは、コンサル時代の影響が大きいかなと思います。カモシカのポリシーとして主に3つ掲げているのですが、一つは思ったことは敬意を持って直接言う。二つ目がスピード重視。そして三つ目はリクルート創業者の江副浩正さんの言葉なのですが、『自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ』っていう。ある意味、すごく体育会系的な風土がカモシカにはあるんですよ(笑)」

出産の現場で発酵食品と出合い、
東日本大震災ですべてをゼロに

関さんが発酵という存在に気づき、向き合うことになったきっかけは出産だった。出産場所として選んだ先は、愛知県岡崎市にある〈吉村医院〉というちょっとユニークな病院。自然分娩を提唱し、妊婦達は病院敷地内にある古民家で薪割りや雑巾掛けなど昔ながらの家事労働をしながらお産にむけて健康な体と心の状態に整える、という試みを実践している自然分娩の砦的な産婦人科医院だった。

「吉村先生の世界観に共感し、産むならここしかないと思ったんです。自分が持っている本来の力を信じて命を産み出し、その苦労と喜びを体験できたことは、生きていく上での大きな自信になりました」

そこで出会った妊婦さんが味噌を手づくりしていることを知り、関さん自身も挑戦するようになったという。自宅の台所には保存食、発酵食が次第にどんどん増えていき、小さな畑を借りて野菜も育て始めた。

関さんにとって発酵食品も命を育むことの一つであり、生命の強い力を実感できる大きな発見だった。〈発酵食堂カモシカ〉のコンセプトである「命は命で元気になる。」は、〈吉村医院〉での経験と、そこから足を踏み入れた深遠なる発酵の世界で、関さんが本能的に感じたことが言葉になって現れているようだ。

出産後は、医療コンサルタントとして独立。リアルな医療現場に多く関わり続けていくうちに、健康の原点は予防にある、という思いが強くなっていった。また、普段から発酵食品に親しむことで、日々の食事の大切さも痛感していた。

「医療はもちろん大切なんですが、どうしても対処療法的なんですよね。それよりもむしろ“予防”。医療機関に訪れなくても良いように、日々の生活からの予防が大切と思うようになっていったんです」

そんな折、第二子を千葉県の自宅で出産したわずか6か月後、東日本大震災が発生。実家のある京都に身を寄せるべく、着の身着のまま家族で車を西へ走らせた。

残りの人生は本質的なことを
やって行こうと思ったとき、
確信したのが「発酵」だった

震災によってすべてがゼロになった、と関さん。

「オールクリアな状態になったんです。もう今までの延長で自分がやっていた仕事を組み立て直すというのはないな、と。どうしようかといろいろ考えたときに、どうせゼロからスタートするのなら、より本質的な価値あることをしっかりやっていこうと思いました。そのときに揺るぎない確信を持てたのが「発酵」でした」

以前から、発酵というキーワードは時々頭をよぎっていた。ただそれは趣味の範囲で、仕事にするつもりはなかったという。震災という大きな出来事が引き金になり、発酵を軸とした事業を立ち上げようと決心がついた。

「そもそも私自身が発酵食品を食べることが大好きで。発酵ってすごくおもしろいし興味深いなと思っていたけれど、ずっと仕事とは切り離して考えていたんです。いざ起業となったときも、実際は結構、迷走しました。地ビールをつくろうかと思ったり、お漬物の宅配を始めようとしたり。可能性はたくさんあったので、いろんなアイデアを模索しましたが、まずは人がちゃんと来てくれる場をつくろう、という結論になりました」

子どもはまだ小さく、飲食店というやったことのない仕事をいきなり始めるのは無謀だとも言われ、心揺れたりもしたそうだが、関さんには祖母という心強い存在があった。祖母は兵庫県で何十年と料理屋を営んでいた経験があった。毎日食べに行きたくなるような、手づくりのおばんざいの店で、非常に繁盛していたそうだ。だしのとり方や漬物のつくり方など和食の基本を教わりながら、商売の心構えも学んだという。

「発酵のことを伝える上で、飲食店というど真ん中のところから始めていくしかなかったんです。発酵食は日本が誇る伝統的食文化であり、誰でも日常に取り入れられるもの。気軽に味わって体感してもらいたいので、やはり食堂という入り口は、メディア的な位置づけでもあり、必要でした。実際にやってみると飲食の世界はリアルでシビア。でも自分が本当に好きなもの、おいしいと思うもののおすそ分けだと思ってメニューをつくっているので、おいしかったと笑顔で喜んでくれたり、それを食べて元気になってくれたり、という一つひとつのシンプルな経験の積み重ねが手応えになり、確信を持たせてくれました」

2014年に食堂をオープンした一年後には、店のすぐ近くに〈発酵マルシェ〉と名づけた物販の店をオープン。オンラインショップもスタートした。食堂で出しているぬか漬けを簡単につくれるキットや、「麹納豆」など人気のオリジナル調味料が購入できる。

1000年続く事業にするために
「発酵食を台所に取り戻す♪」

〈発酵食堂カモシカ〉のビジョンは「発酵食を台所に取り戻す♪」であり、各家庭の台所で発酵食が日常的につくられ、心身共健康な暮らしが送れることを願っている。食堂で食べるだけで終わりにはせず、今後は発酵を衣食住でもっと広く捉えたさまざまなアプローチを考えている。そして決して大げさでなく、1000年続く事業を展望に掲げている。

「京都という歴史ある土地柄もありますが、ちゃんと次世代へつなげるよう、意味のある事業をつくり上げていくことは大事な命題だと思っています。『命は命で元気になる。』~発酵食を台所に取り戻す♪~という世界観からブレることなく存続し続け、それらを体現するために、思想と志を強く持って挑戦し続けていきたいですね」

食を超えた発酵の取り組みとして、衣の領域では藍染めなどの発酵染料の活用(ユニフォームや暖簾に使用)、住の分野では柿渋や漆を取り入れる提案、またこの1年は家庭の生ごみを発酵堆肥に変える「回る♪発酵コンポスト」の開発に挑戦している。

2020、2021年と秋に京都の商業施設〈GOOD NATURE STATION〉で行われた「ビルごと熟成 発酵体験」というイベントでは主に関さんたちが企画を担い、衣食住の発酵をテーマに、さまざまな関わりを持った人のトークショーや手づくり講座などを行った。今後も〈発酵食堂カモシカ〉では、実体験の場である食堂、ワークショップという学びの場、そして実践できる商品、という3つの軸を中心に、粛々と発酵の輪を広げていく。

関さんがそこまでして深く関わり続け、伝えていきたい発酵の魅力とはなんだろうか。

「まずはおいしい。それが一番の魅力です。発酵食品はおいしさがとても複雑で、体の奥からしみじみと感じる、重層的で深みのあるおいしさです。世代を超えたおいしさがあるように感じます。そして元気になること。元気とはどういうことかというと、自分のなかにたくさんの命を抱えるイメージ。それが発酵食品には非常に多く詰まっている。健康のベースはきちんと食べてきちんと寝ることに尽きますが、発酵食品はその支えになってくれる、大変心強い存在だと思います。さらに、微生物がもたらす命の神秘であり、日本の伝統文化であり、世界ともつながれ、未来への可能性がある大変興味深いテーマです。一生かけて探求し、伝えていきたいです」

発酵食堂カモシカ
関恵
(せきめぐみ)さん
北海道大学経済学部、スウェーデンのヨーテボリー大学政治経済学部に留学後、医療福祉大学にて修士課程を修める。IBMビジネスコンサルティングサービスを経て、医療系コンサルティング会社へ。2011年京都に移住後、株式会社発酵食堂カモシカを起業。嵐山で発酵専門のカフェ・レストランと物販製造店を運営しながら、発酵をテーマとした各種イベントプロデュースや商品開発に携わっている。第3回京都女性起業家賞最優秀賞受賞(2015)、第12回文化ベンチャーコンピティションin Kyoto 最優秀賞受賞(2019年)第4回京都市「これからの1000年を紡ぐ企業」認定(2019年)公益財団法人 信頼資本財団理事も務める。京都府出身。

https://kamoshika.kyoto.jp
発酵びと

「みんなの発酵BLEND」の記事に登場した、
発酵に関わる“発酵人”たちをご紹介。