沖縄は、人も微生物も強かった。

太陽みたいな笑顔が次から次へと現れた。

日本の地域に息づく伝統的な発酵と、発酵と共に生きる人々の暮らし。それは日本が誇る食文化のひとつです。そんな“発酵”を探し求める旅へ。読めば、地域と発酵がもっと好きになる。

今回は、もろみ酢を求めて、沖縄へ。

沖縄で出会った人たちは、とにかくエネルギーにあふれていた。街じゃおばあが集まって楽しそうに井戸端会議をしていて、見てるだけで元気をくれるほどだったし(なぜか初対面の私たちにお菓子とか天ぷらとかバッグとか色々くれた)、若い子だってなんだか吸い込まれそうな目をしていてハッとさせられるほどだった。

一体どうして? 沖縄の人たちのエネルギーってどこから来るのだろう。

蔵人のからだを支える発酵飲料

暑い日差しの下で、明るく朗らかな笑顔を見せる、エネルギッシュな沖縄の人たち。そんな沖縄で日常的に飲まれているのが、「琉球もろみ酢」という発酵飲料である。えっと、それって一体どんな味? お酢なの? 酸っぱいの? 沖縄以外の人にとっては、あまりピンとこない飲み物かもしれない。でもある時、東京のおしゃれな食材店で、そのもろみ酢が大事そうに陳列されている姿を見かけ、興味を持ったことを思い出した。

「もろみ酢は、沖縄ではとても身近なもので、スーパーにも売っているし、泡盛と一緒に贈ることもあります。うちの蔵ではいつも冷蔵庫に入っていて、蔵人さんたちも仕事の合間にちょくちょく飲んでいます。疲れたときに飲むと元気になりますよ」

〈崎山酒造廠(さきやましゅぞうしょう)〉の専務取締役、崎山淳子さんがそう説明してくれた。蔵の創業は明治38年。創業者は造り酒屋の娘だった崎山オトさん。以降、蔵では代々女性が活躍している。

「沖縄では割と昔から女性が酒づくりにも参加しています。夫婦で麹をつくることもありますし、コウジサーと呼ばれる、いわゆる杜氏も女性が務めていました」

酒づくりは男性のイメージが強いけれど、泡盛づくりでは昔から女性が活躍していたという。

崎山酒造廠の蔵の入り口。〈松藤〉とはこの蔵の泡盛の代表銘柄で、二代目の崎山起松さんと妻である藤子さんの名前から命名された。

泡盛づくりに欠かせない黒麹菌

もろみ酢を知るには、まず泡盛について理解しなければならない。もろみ酢とは、泡盛の製造過程から生まれるものだからだ。営業部企画主任で泡盛づくりに携わる棚原健さんに蔵の中を案内してもらう。

築70年を超えるという建物の柱や壁がやや黒ずんで見えるのは、実は麹菌の仕業。泡盛には黒麹という麹菌を使う。麹菌は蔵の個性であり、泡盛の味に関わってくる大切な財産。だから黒くなってもそのままにしている。

「黒麹菌は、沖縄の気候風土に合った、強い菌です。クエン酸を大量に出すことが特徴で、酸度が上がることによって、腐敗を防ぎます。温暖多湿な沖縄は、どうしても雑菌が繁殖しやすい環境ですが、黒麹菌の強い力によって、雑菌から守られているのです。だから泡盛は日本酒と違って、季節問わず年中つくることができます。また、米のデンプンを糖化する酵素の力が強く、泡盛ならではの風味や香りを引き出すのも、黒麹菌が大きな役割を担っています」(棚原さん)

真ん中が棚原さん。

泡盛づくりに必要なものは、タイ米、黒麹菌、酵母、水。それだけ。崎山酒造廠では、洗米、浸漬し、蒸したお米に黒麹菌の種を振り掛け、一般の泡盛より期間の長い3日かけて丹念に麹の仕込みをする。酵素力の強い麹は、こくの深い、この蔵のお酒づくりには欠かせない。

「三角棚」と呼ばれる、まるで麹のお家のようにも見える大きな木製の容器の中に麹を入れ、時々扉を開け閉めしたり、キャスターを転がして風通しの良いところへ移動したりして、自然に委ねながら麹を育んでいく。

三角棚。屋根のような部分が開くことで、温度調整ができる。底にはキャスターもついている。

タンク、甕(かめ)などで、30日以上かけて、じっくりもろみを発酵させる。仕込み水は、恩納岳の豊かな天然水。沖縄では珍しい、硬度30〜50の軟水で、まろやかな味わいになる。

タンクの中では麹と酵母がぶくぶく発酵中。発酵に使われている、甕(かめ)。

この後に行われる蒸留で泡盛がつくられるが、その時に分離されるもろみ粕部分は、沖縄の方言で「カシジェー」と呼ばれ、発酵で生まれた豊富な栄養成分が含まれている。これを搾ってできるのがもろみ酢。崎山さんは、もろみ酢を普段の生活の中でも多様に活用している。

発酵によって、ブドウ糖やアミノ酸、有機酸、高級脂肪酸などが生成され、アルコールや多くの香気成分も生まれる。

手をかけた分、麹が喜んでくれる

「一般的なお酢には酢酸のツーンとした強い酸味がありますが、もろみ酢はクエン酸なのでまろやか。酸味はあるけれど、旨みもあって、だしのようなイメージです。人間に不可欠な必須アミノ酸が全て含まれています。何も加えず搾ったそのままなので、クセがなく飲みやすいと思います。炭酸やジュースで割るなどしてもおいしい。料理にも使いますよ。肉をもろみ酢に漬けておくと柔らかくなりますし、味噌汁やドレッシングにも加えます」

アミノ酸とクエン酸をたっぷり含んだ栄養エキス、もろみ酢。

崎山酒造廠では数種類のもろみ酢がつくられているが、もろみ酢初心者にも飲みやすいと評判なのが「パイナップルもろみ酢」だ。

パイナップルは県産にこだわり、沖縄で一番のパイナップル産地である、東村のものを使用。同じく沖縄の特産であるシークワーサーを少量アクセントに加えている。早速飲んでみると、ふわっと華やかな酸味で、後味が清々しい。ゴクゴク飲めて、夏バテなどにも良さそうだ。

沖縄スーパーフード協会の推奨品でもある「パイナップルもろみ酢」。

最後に、酒づくり、もろみづくりへの思いを、棚原さんに伺ってみた。

「全ての作業が大変です。でもその一つ一つが意味のあることですし、そうすることによって、自然のもの、生き物である麹が喜んでくれる。手をかけた分だけ麹からいただけることがたくさんあるという、お互い様の関係で、非常に面白く、やりがいがありますね」

伝統の技によって、昔ながらの麹づくりを続ける崎山酒造廠。その手間暇を惜しまないものづくりの姿勢が、たくさんのおいしいと、元気をこれからも生み出していく。

information

崎山酒造廠

address:沖縄県国頭郡金武町字伊芸751
tel:098-968-2417
web:https://sakiyamashuzo.jp/