発酵ライフスタイル

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長い歴史の中で、土地に根付いた
唯一無二の味噌「八丁味噌」

posted:2019.8.28

天井高く、広く薄暗い蔵の中を覗いてみると、果てしなくびっしりと均一に並んだ巨大な木桶の上に、きれいな円錐状に隙間なく石が積み重ねられ、まるで気高く荘厳な神殿のよう。濃厚な独特の味噌の匂いが辺り一面に漂い、微生物たちが密やかに活動している気配がある。長い歴史の中で脈々と受け継がれてきた、神秘的な生命の営みを感じる蔵の中で、八丁味噌は静かに熟成されている。

今も江戸時代からの伝統的製法でつくられる

味噌は日本全国で食べられているが、地域によってつくり方や味わいは微妙に異なる。その中でも特異と思われるのが、主に東海地方でつくられる豆味噌だ。

米や麦でつくった麹と、蒸した(または茹でた)大豆、塩を混ぜ合わせて仕込む米味噌や麦味噌と違い、豆味噌は大豆を直接麹にする。蒸した大豆を潰し、団子のように丸めた味噌玉をつくり、そこにコウジカビを繁殖させ、豆麹にする。豆麹ができたら塩と水を加えて味噌を仕込む。

シンプルな材料でつくられる豆味噌だが、大豆に多く含まれるタンパク質が微生物によって分解され、多様なアミノ酸になるため、濃厚で複雑な旨味と香りが生まれる。

豆味噌のなかでも愛知県岡崎市でつくられる「八丁味噌」は別格だ。地域限定の風土が生きた味噌である。「八丁」という名前の由来は、徳川家康が生まれた岡崎城から、西へ八丁(約870メートル)のところにあった八丁村(現在の八帖町)でつくられたから。この地は旧東海道と矢作川が交わり、昔から人と船の往来が盛んで、ものと情報が集まる物流の要所だった。矢作の大豆、吉良の塩、そして薪や水にも恵まれた。

江戸時代初期から現在まで、旧東海道を挟んで〈まるや〉と〈カクキュー〉の2社が並び昔ながらの伝統製法で味噌づくりを続けている。お互いライバル同士として切磋琢磨してきた結果、2社とも存続できたという。味噌メーカーでは最古参である。

〈カクキュー〉〈まるや〉の味噌蔵からも程近い、岡崎城。

〈まるや〉の社長、浅井信太郎さんに見せてもらった江戸時代の仕込み帳。1700年代につくられたもので、重石の積み上げ方などの記述もある。

この2社で製造する八丁味噌は、一般的な豆味噌にはない特徴的な製造法がいくつかあり、こぶし大の大きな味噌玉で豆麹をつくること、高さ約2メートルの木桶を使い、約3トン分の天然の川石を重石にして円錐状に積み上げて仕込むこと、2年以上(二夏二冬)熟成した天然醸造であること等、今も伝統に沿ったつくり方をしている。

石積み作業は重労働。大小合わせて500個ほどの石を3、4時間かけて積み上げる。「石がいい顔をするように並べています」と、〈まるや〉の石積職人・染次一郎さん。

八丁味噌文化を未来へ繋ぐための試み

仕込みの要である巨大な木桶は100年以上使える。しかし、木桶メーカーは時代とともに減少し、現在これだけ大きな木桶の製造をできるのは大阪にある1社のみ。近年は酒蔵や醤油蔵の若手蔵元が木桶仕込みを復活させるなど、明るい兆しも見えてはいるが、それでも現状は厳しい。職人の技術を守り、木桶の文化を継承するため、〈まるや〉と〈カクキュー〉では毎年数本ずつ木桶を購入している。

〈カクキュー〉では天保時代(1831〜1845)のものが今も現役で使われている。

原材料である大豆へもこだわりがある。〈まるや〉〈カクキュー〉共に30年以上前から欧米の有機認証を取得した、有機大豆を使って八丁味噌をつくっている。

20代の頃、ドイツへ留学していた浅井さんは、グローバルな視点を持ち、世界に通用する商品をつくりたいと願っていた。「今でこそ、オーガニック商品への関心が高まり、急成長を遂げていますが、当時の日本では誰も見向きもしませんでした」(浅井さん)

それから両社は努力を続け、〈まるや〉は世界20カ国以上、〈カクキュー〉は世界35カ国以上に輸出され、主に自然食品店で販売中だ。世界一安全基準が厳しいといわれる、ユダヤ教の教えに即した厳格な規定、コーシャ認証もそれぞれ取得している。

海外ではMr.HATCHOと呼ばれている、〈まるや〉の社長、浅井信太郎さん。フットワークが軽く、自ら宣伝部長として世界各地へ赴き、味噌汁のデモンストレーションを行っている。

〈まるや〉の浅井さんが、ぱぱっとつくってくれた味噌汁。八丁味噌は旨味が強いので、出汁がなくても十分おいしい。

ちなみに、〈カクキュー〉では、地元の在来種である〈矢作大豆〉を使った味噌づくりが行われている。料理研究家の辰巳芳子さんが会長を務める〈大豆100粒運動を支える会〉(※1)の活動をきっかけに、創業当時に使われていたと思われる大豆が保管されている施設があることを知り、復活を試みた。矢作大豆の記述は、カクキューの古文書にも記載がある。

種子を取り寄せ、試験栽培から始まり、徐々に地元の農家へ広がった。実りの時期は豆の鞘が黄金色に輝き、陽が当たるととてもきれいだという。栽培が難しいので、十分な収穫ができた年だけ、他の品種とは混ぜずに桶一本分だけ仕込む。

「〈矢作大豆〉は豆で食べても十分においしい。味噌はすっきりした味わいになるので、味噌自体をそのまま食べるか、煮味噌(季節の野菜とだし汁、味噌を入れて煮込んだ、岡崎の郷土料理)などにするのがおすすめです」(野村さん)

さらにユニークな試みとして注目したいのが、2011年より〈カクキュー〉が取り組みを始めた〈八丁味噌のパウダー〉(現在は両社とも製造)。八丁味噌を特殊な技術でフリーズドライにしたサラサラの味噌パウダーは水に溶けやすく、うま味調味料のように気軽に使える。さまざまなつかい方ができると、フレンチやイタリアンなど洋食のシェフはもちろん、海外のシェフからも評価が高いそうだ。

野村さんはバゲットをつくるときに混ぜると独特の風味が出ておいしいという。浅井さんはバニラアイスクリームにパラリと〈八丁味噌のパウダー〉をかけたものを出してくれたが、それだけで旨味がぐんと上がり、絶品だった。

〈カクキュー〉の企画室長兼品質管理部長の野村健治さん。バックは江戸時代の蔵。昔は2階で麹をつくっていた。

〈カクキュー〉の敷地内にある資料館史料館は、一般の人が年中無休で観覧できる(ガイド付き)。最近は海外からの訪問も増えていて、地元の観光産業に貢献している。

バニラアイスに八丁味噌のパウダーをぱらり。クセになるおいしさ。

最後に、八丁味噌の魅力をそれぞれに伺ってみた。

「食欲の落ちているときに八丁味噌はいいですよ。味噌汁はそもそも元祖アミノ酸飲料、疲れを癒してくれます。また、隠し味で力を発揮するのも八丁味噌ではないでしょうか。他の味噌にはない、酸味、渋味、苦味が味の複雑味を引き出してくれます」(野村さん)

「八丁味噌は天然醸造なので、時間をかけて自然に、タンパク質がアミノ酸へ分解されます。それが奥深い味わいになるのだと思います。菌にだって感情があるんですよ。いいエネルギーが伝われば、味噌は元気においしくなる。私たちは日々感謝の気持ちです」(浅井さん)

妥協せず、本質を見極める。良きライバルで親友のような関係の2社は、八丁味噌の品質を高め、伝統を維持し、改革を重ねながら、八丁味噌文化を次の世代に伝えていく。

※1 子どもたちに大豆をまき育ててもらうことで日本の大豆を復興させようと、2005年に結成されたNPO(特定非営利法人)。料理家の辰巳芳子会長以下、大豆を愛する有志がボランティアで運営している。http://www.daizu100.com

information

カクキュー八丁味噌(八丁味噌の郷)

address:愛知県岡崎市八帖町字往還通69番地
tel:本社(0564)21-0151(代)、工場見学・売店(八丁味噌の郷) TEL(0564)21-1355(代)
web:http://www.kakukyu.jp

まるや八丁味噌

address:愛知県岡崎市八帖町往還通52
tel:0564-22-0222(代)
web:https://www.8miso.co.jp