発酵インタビュー

発酵に関わる食文化や
商品開発、普及、研究を進める
発酵のプロにインタビュー。

継承する人々の尊さ。
発酵文化の豊かさを小倉ヒラクは伝える

posted:2019.6.26

「日本文化を省みるすばらしい展示」「情報量の分厚さにクラクラしたから、次回に託す」など、4月末の開催からSNSで絶賛の声が寄せられる展覧会〈Fermentation Tourism Nippon 〜発酵から再発見する日本の旅〜 supported by カルピス〉。そんな本展のキュレーターを務めるのが発酵デザイナーの小倉ヒラクさんだ。47都道府県の知られざる発酵食品を求めて全国を旅した小倉さんが伝えたい、発酵文化の魅力とは。

全ての人へ日本の発酵文化を届けるために

「〈Fermentation Tourism Nippon〉は、日本の発酵文化の重要性と食文化の多様性を明らかにしていくプロジェクトです。その一貫として、今回展示を企画しました。会場には、僕が47都道府県を旅して集めたローカルな発酵食品を展示しています。展示を見るだけではなく、実際に発酵食品を食べる、飲む、嗅ぐ、展示の一部を購入する。五感を使って体感できるような企画設計をしました」

会場の発酵食品は、市場に全く出回っていないものや、高齢のお母さんがたったひとりでつくっているものもある。

「展示のきっかけは、〈d47 MUSEUM〉の企画編集担当の黒江美穂さんとの何気ない会話でした。『仕事で全国の発酵食品を調査したんだけど、47都道府県分あって』『じゃあ展示してみますか?』と」

それから小倉さんと〈d47 MUSEUM〉はクリエイティブチームを結成し、約1年半かけて展示を実現した。

全ての人のためにと言うと大げさですが、発酵文化の裾野を広げることが今回の企画の一番の目的でした。そのために今、東京にどんな人が集まっているのか? 彼らに楽しんでもらえる展示とはどんなものか? 調査のために渋谷をぐるりとまわって1日観察しました」

なぜそこで生まれたのか? 発酵食品を巡る旅

会場に集められた47都道府県の発酵食品たちは、海の発酵、山の発酵、島の発酵、街の発酵という4種類に分けられ、展示されている。

「発酵食品のシンプルな分類は、調味料、酒、漬物の3つですが、今回はその分類を使っていません。サイエンスである発酵学をあえて文化人類学的に分類し『海・街・山・島』の4つのカテゴリーをつくりました。発酵食品を『どうつくるか』より『どうしてつくったか』を大切にしたかったから」

小倉さんは、発酵食品がつくられた背景を大事にしたいと考えている。それは土地の文脈で発酵食品を分類することで分かることがあるからだ。

「土地の文脈で発酵食品を分類すると、土地に根付くストーリーが浮かび上がってきます。土地から移動するものと出ないもの、その必然性もカテゴライズから見えてきますね。例えば『山』と『島』は漬物やくさやなど土地で生き抜くためローカルで無駄にしないという発想でつくられたものが多く、『海』と『街』は酒や醤油など水運や陸路に乗って、貿易品としてグローバルに付加価値を高めていくという発想でつくられたものが多いです」

おいしいだけじゃない、発酵文化のおもしろさ

ローカルな発酵食品を紐解くほどに見えてくる、日本の食文化の多様性。それを伝えているのが展示の終盤にある、酒造りの神様、海の豊漁の神様、藍染の神様の3つの神様を展示したコーナーだ。

「これは京都で一番の歴史ある神社〈松尾大社〉の醸造の神様です。そのお守りは「酒を醸すお守り」と「酒を造るお守り」と「酒を飲むお守り」の3つ。酒にまつわる全ての人を守る芸の細かさに、みつけたときは興奮しました。

明治時代くらいまで日本には顕微鏡もなかったので、微生物の目に見えない超自然的な働きは神聖な存在でした。単純な食べ物として“発酵食品はおいしい!”だけではなく、発酵文化と歴史と信仰の結びつきまで伝えたくて、このコーナーを設けています」

日々の営みとして発酵文化を継承する人たち

展示の公式書籍でもある『日本発酵紀行』には、小倉さんが旅先で知り合ったさまざまな“発酵人”たちが登場する。個性豊かな彼らと小倉さんのエピソードは驚きがいっぱいだ。

「印象深い人をふたりだけ挙げるなら、ひとりは岐阜の長良川の鮎職人・泉善七さん。鮎職人であり続けるために、一生かけて川を見ていらっしゃる方です。というのも、川の水質や岩についている藻によって鮎の性質も変わるため、川の水に対する知識が深くないとダメなんです。

もうひとりは、鳥取の智頭町で「柿の葉ずし」を握っている勝子おばあちゃん。50年間ずっと「柿の葉ずし」をつくっている方で、話のひとつひとつが、土地の記憶を伝える生きた郷土史でした」

「柿の葉ずし」を握る國政勝子さん。

「僕は各地で、誰のためでもなくその場所でただひたすら気負わずに文化を継承している人たち、その集積で日本の発酵文化ができていることを目の当たりにしました。彼らのようにずっと作り続けるという行為が、どれほど貴重か。日々の営みとして発酵文化を継承する人々の尊い姿を、この展示で伝えたかったんです」

発酵文化が教えてくれる、価値のあるもの

発酵文化を継承する人たちと交流するうちに、小倉さんは個人が立ち上がると歴史の必然性すらひっくりかえる瞬間があることを知った。

「例えば、醤油や味噌をつくるときの木桶の文化。合理性に向かう時代、木桶は消えゆく文化かもしれませんが、小豆島にある〈ヤマロク醤油〉の山本さんは、木桶を残す活動をしています。その結果、今は木桶をつくる人が増えて、木桶文化消滅の危機が去りつつあります。山本さんをはじめ発酵文化を継承する人たちを見ていると、個人ができることってそんなに小さくはないと実感します」

展覧会の膨大な情報を手にとって持ち帰ることができる、日英バイリンガルの展示カタログも会場にて発売予定。

「今の歴史の見方は、アメリカや中国のテクノロジーの波のような、自分にはどうしようもない大きなうねりを、どうやってフォローアップしていくか? という発想になってしまいがちですが、そんなことはないんですよね。自分が変えられる世の中や歴史のつくり方、新しい役割の発明がある。そんなに大きくなくても価値のあるもの、豊かさがある。そのことを旅の中で出会った人たちに教えてもらいました」

知られざる発酵文化を訪ね、47都道府県を旅した旅行記『日本発酵紀行』。一般発売前から重版が決定するほどの人気ぶり。

最後に、発酵デザイナーとして小倉さんが今後やってみたいことを伺ってみた。

「今回の展示のような発酵文化を広める場所作りが、僕の使命じゃないかと考えています。発酵文化の裾野を広げていくためには時間が必要。そのために巡回展やお店をつくりたいと思索しています。

あとは会場の来場者の2割くらいが海外からのお客様でした。海外メディアの展示取材もあり、日本の発酵食品や微生物への関心の高まりを少しずつ感じています。いつか海外でも展示が実現できたら嬉しいですね」

小倉 ヒラク(発酵デザイナー)
1983年、東京生まれ。東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨県甲州市に発酵ラボをつくる。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。「手前みそのうた」でグッドデザイン賞2014を受賞。
information

Fermentation Tourism Nippon
〜発酵から再発見する日本の旅〜supported by カルピス

日程:2019/4/26(金)~7/8(月) ※会期中無休
時間:11:00~20:00 入場は閉館30分前まで
※館内イベント開催時は開館時間が変更になる場合があります。
詳細はwebでご確認ください。
会場:d47 MUSEUM (ディヨンナナ ミュージアム)
住所:東京都渋谷区渋谷2-21-1 渋谷ヒカリエ8階
主催:D&DEPARTMENT PROJECT
協賛:「カルピス」(アサヒ飲料株式会社)、株式会社環境ダイゼン、株式会社ビオック・株式会社糀屋三左衛門
協力:ALL YOURS
Web:https://static.d-department.com/jp/fermentation-tourism-nippon

発酵びと

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