発酵インタビュー

発酵に関わる食文化や
商品開発、普及、研究を進める
発酵のプロにインタビュー。

〈白崎茶会〉の白崎裕子が、
発酵の力を最大限に活用して
簡単でおいしく、体にやさしい料理を広めていく

posted:2021.10.8

〈白崎茶会〉のレシピは、料理が苦手な人にもやさしく寄り添う。〈白崎茶会〉とは、料理研究家の白崎裕子(ひろこ)さんが、神奈川県葉山町の海辺にある古民家のキッチンスタジオで開くオーガニック料理教室のこと。2008年のスタート後、その人気は口コミでどんどん広まり、今や予約が取れないほどに。生徒は全国から集まり、誰にでも簡単でわかりやすく、体にやさしい素材を使ったおいしいレシピが好評だ。最近はオンラインの料理教室を開催し、レシピ動画の配信を行うなど、新しい試みも行っている。

2021年6月に発売された、白崎さんの新しい本が「白崎茶会の発酵定食」だ。発酵に関する料理本はちまたに数多く出版されているが、白崎さんの本はほかとはひと味違う。発酵ってなんだか難しそう、面倒くさい、料理はあまり得意じゃない、という人こそ、ぜひ手に取ってみて欲しい本なのだ。

料理が好きな人にも嫌いな人にもやさしく手を差し伸べてくれる、白崎さんのレシピはどのように生まれているのだろうか。そして白崎さんの日常に欠かせないという発酵の魅力について、話を伺った。

昔から料理が大好き。
素敵な料理人とともに育った子ども時代

物心ついたときから料理好き、料理オタクだという白崎さん。教師だった両親は共に仕事で忙しく、小学1年生のときから、まだ背も届かないのに丸椅子をガスコンロの前に押してきて、椅子に上って料理をつくっていたそうだ。6年生になるとお年玉を貯めて、秋葉原に自分の電気オーブンを買いに行くほどだった。

今でも大切に取ってある、思い出の電気オーブン

白崎さんの周りには、いつも素敵な料理人がいた。子どもの頃、忙しい両親に代わって、白崎さんの世話をしてくれていた方が料理上手で、家にいつもあるもの、庭で摘んで来られるものだけを使って、魔法のようになんでもつくってしまう人だったそうだ。

「例えば家に小豆ともち米しかなくても、小豆をたくさん茹で、煮汁でお赤飯を炊いて、その辺で山菜を摘んできて天ぷらにして。ごはんの後は、余分に茹でた小豆であんこをつくり、お餅をついて、おやつまでつくっちゃう。庭でまきをたいてそんな風にちゃちゃっと料理をつくっていると、町中の人が来て、おいしい、おいしいって食べていくんですよ。子どもながらにそういうのをしっかり見ていましたね」

高校時代は、病気の祖母を介護してくれた方が元料亭の料理人で、こちらも大変な料理上手だったという。夕食をつくった次の日には、前日の余りを誰も気づかないくらいさりげなくリメイクして朝食に出してくれた。

祖母が亡くなったときは通夜振る舞いを取り仕切り、白崎さんも弟子のようについて料理を手伝っていたという。通夜にはあまり親しくなかった近所の人も来たのだが、気づけばみんな和気あいあいと楽しそうにごはんを食べている様子を見て、おいしい料理をつくれる人は、人として一番強いのだ、と確信したのだそう。そんな振る舞いのできる人をかっこいいと憧れた。

「祖母が亡くなったので、それがその方の最後の仕事でした。一緒にイカめしをたくさんつくったのですが、その時に出たゲソと肝を使って、最後に塩辛をつくって置いていってくれたんです。1日1回かき混ぜな、って言って去っていきました。私はボロボロ泣きながら毎日塩辛をかき混ぜて、泣きながら食べました。いい思い出です」

好奇心と探究心の強さから、
みるみるうちに人気の料理教室へ

白崎さんは、20代の頃は全く料理をしない時期もあったという。東京で働き、仕事は多忙で毎日深夜に帰宅。食事はお菓子だけ。そうしているうちに体調を崩し、肌が荒れ、アトピー性皮膚炎を発症した。帽子をかぶり、マスクをして、家から出るのも嫌だったそうだが、引きこもっているだけでも仕方がない。そこで図書館に行って食に関するさまざまな本を読みあさり、自身の食生活の改善を試みた。砂糖をやめて、ご飯を炊き、味噌や醤油で味つけしたシンプルな料理を食べていたら、肌はツルツルに戻り、どんどん体調がよくなっていったそう。食の大切さを身をもって知った出来事だった。

料理研究家になったのは、さまざまな偶然の出会いが重なった自然の流れから。茶会という名前の由来を伺うと、もともとは紅茶教室だったという。白崎さんはティーインストラクターの資格を持ち、紅茶に関してもかなりのマニアなのである。教室で紅茶と一緒に出していた手づくりのお菓子や軽食のおいしさが評判を呼び、生徒たちに頼まれて、次第にお菓子や料理を教えるようになった。

豆乳を乳酸発酵させて、甘酒や塩麹などを加えたレアチーズケーキ

あるとき、母親が教師の仕事を辞め、無農薬の大豆と天然にがりを使った豆腐屋を始めた。天然の素材だけを使って豆腐を固めるのは非常に難しく、なかなかちょうど良い味や食感にならない。製品をつくることに試行錯誤していた。どうやったらちゃんと安定して固まっておいしい豆腐ができるのか、白崎さんは母を手伝って様々な配合を研究する傍ら、中途半端にできてしまった販売できない豆腐もどきを材料にしてお菓子をつくっていた。無添加でオーガニックの豆腐は当時ではとても珍しく、やがて自然食品店の目に止まった。豆腐を都内の店に卸すことになり、一緒に白崎さんのお菓子も出荷された。今までどこにもなかったオリジナルの豆腐のお菓子は、みるみる人気になり、豆腐より売れてしまったそうだ。

オーガニック系の見本市で、逗子にある自然食品店〈陰陽洞〉のオーナーと知り合った。有機のパン酵母が日本に登場したときで、興味津々だった白崎さんは、販売元であるオーナーを質問攻めにした。会話は2時間近く続き、周りに人だかりができるほどだったそう。その後オーナーに声をかけられ、思い切って葉山に引っ越し、自然食品を使った料理教室を始めた。それが今の〈白崎茶会〉へとつながったのだ。

キリよく簡単でおいしいレシピは、
コツコツと命懸けで生み出したもの

白崎さんの料理は、基本的に肉や卵、乳製品は使わない。材料や調味料はオーガニック。さらにグルテンフリーや魚介類(や蜂蜜)なども使わないヴィーガンレシピも少なくない。卵、バター、小麦粉などを使えないとなると、ちょっと面倒な料理になるんじゃないかと一瞬尻込みしそうになるが、レシピを見て驚く。まず材料はシンプルで分量のキリがよく、明確でスッキリしている。アレンジ展開がたくさんあり、材料を無駄にしない。献立に悩む必要もなくなる。とにかく徹底的に心配りがされている。

そして、いろいろな食材の制限があるにも関わらず、簡単で、ちゃんとおいしい。例えばケーキはふんわりしっとり、満足感のあるコクや風味があり、本当に卵もバターも入ってないの? と首をかしげるほど。これならやってみようかなという気にさせてくれる。

白崎さんはまるで好奇心旺盛な研究者だ。これらのレシピに到達するまで、実はものすごい歳月をかけて、ものすごい数の実験を繰り返している。これ以上はないだろうと納得するまで、あらゆる面から徹底的に試行錯誤を繰り返す。四六時中、ほとんどキッチンにこもっているという。

「例えば卵なしのお菓子をつくって欲しい、と言われても、卵の代用品は豆腐を使えばいい、というだけの発想では全然おいしくなりません。卵のコクのある味やふんわり膨らむ力など特徴を総合的に把握し、食材を分析して、さまざまなアプローチから法則を見つける。その最初の立ち上がりが発見できれば、あとは同じ考え方でいくらでもアレンジは効きますが、最初のトリガーを見つけるまでが本当に大変で、挫折の連続なんです」

白崎さんの頭の中にはいつも、あともうちょっとだな、というレシピがいくつも入っている。パソコンの中にも途中までのレシピがいっぱいだという。コツコツと実験を繰り返し、ミリ単位で試作を行って、頭の中に溜めに溜め込んだ膨大な量の小さな情報が、ある日突然何かのきっかけでガチャンと結びついて、思いがけないレシピが誕生するというのだ。レシピの法則を見つけたら、次は分量の調整。中途半端な分量を徹底的に見直し、キリよく簡単に、おいしくなることに命を懸けている。材料が量りやすければ、料理をつくる最初のハードルがぐっと下がる。

「私のレシピは、決して料理好きな人ばかりでなく、お子さんがアレルギーだとか、旦那さんが病気だとか、食事の制限や改善の必要な人たちが、仕方なくつくらざるを得ないというパターンも多いんです。せっかくつくるなら、イヤイヤじゃなく、簡単にできて、おいしく食べて喜んでもらいたい」

そうはいってもゼロをイチにする生みの苦しみは大きい。できた! という喜びはたまの出来事で、できないできないと思いながら長い間もがき続けることの方が多いそうだ。もう本当に限界だと思った時は髪の毛を剃り、なんと丸坊主にしてしまうんだとか! そこまでの覚悟で料理に向き合っている料理研究家はそうそういないだろう。そうすることで一旦全部忘れて頭がクリアになり、こだわりが取れ、気分がすっきりするという。新たな気持ちで向き合い、リフレッシュして頭を回転させる。

発酵のおかげで、
できないことができるようになる

「そんな苦しい試行錯誤を助けてくれるのが発酵なんです」と白崎さんはいう。発酵とは大切な相棒、アシスタントみたいなもの。白崎さんの料理が簡単でおいしい理由のひとつは発酵だった。

白崎さんのキッチンには、さまざまな種類の発酵食品が常時スタンバイしている。特に意識していたわけでもないが、つくった数々の保存食の瓶は、そういえばみんな発酵食品だった。毎日自然に触れているもので、なくてはならないもの。発酵食品を食べない日なんてない、と白崎さん。自身の料理はヴィーガンとも精進料理ともちょっと違うため、今までなんと言い表せばいいのか迷っていたが、発酵料理と言われてストンと腑に落ちたのだそう。

発酵といえば健康、美容、腸内環境改善など効能をうたうことが多い。白崎さんはもちろんそういった面に配慮しつつ、どちらかというと発酵という性質が持つ特徴を最大限に活用して、今までできなかったことを可能にする、という視点でレシピの開発に向き合っている。

例えば甘酒があれば砂糖がいらないし、素材にとろみを出すことができる。イースト菌があれば、卵の泡立てがなくても生地が膨らみ風味が出る。味噌や醤油や酢をいい配合で混ぜれば、市販のタレを買わなくても調味料がつくれる。発酵食品の特徴を把握し、適材適所にうまく利用しながら料理に役立てている。

「だから別に全部手づくりで1からつくらなくてもいいと思っています。私の本には一応つくり方も載せていますが、今は無添加の味噌や塩麹も普通に売っていますから、面倒だったらそこは無理せず買ってもいいんですよ。発酵の力をうまく借りながら、手を抜けるところは抜いていいんです」

甘酒に唐辛子、いしる、塩、昆布、にんにくなどを混ぜれば、簡単にキムチの素に

発酵の魅力は、予想を超えるところ。決して思った通りにならないことが面白い、と白崎さん。少ない材料でも思いがけない複雑な味を醸し出してくれたり、毎日微妙に変化したりする。同じ場所で同じ材料でつくっても、つくり手によってぜんぜん違うものになったりする。目に見えない微生物たちが、勝手に自分たちの周りに生きていて、放っておいても勝手に発酵してくれている。そんな未知の様子にワクワクするし、いざという時は助けてくれるのだからうれしい、と。

教室である葉山の古民家は、15年前に入った頃はカビだらけだったそう。それが味噌をつくってつぼをたくさん並べていたら、いつの間にか全然カビが生えなくなった。
「勝手にやっつけてくれているみたいなんですよ。本当に優秀なアシスタントです。発酵には感謝しかないですね」

白崎茶会
白崎裕子
(しらさきひろこ)さん
東京生まれ、埼玉育ち。自然食品店〈陰陽洞〉(神奈川県・逗子)が主宰する料理教室の講師を経て、葉山町の海辺の古民家でオーガニック料理教室〈白崎茶会〉を始める。予約の取れない料理教室として知られ、全国各地から参加者多数。現在はオンライン料理教室〈白崎裕子のレシピ研究室〉を開催中。著書「白崎茶会のあたらしいおやつ」「へたおやつ」は、2年連続で料理レシピ本大賞・お菓子部門の大賞を受賞。最新刊「白崎茶会の発酵定食」も好評発売中。

白崎茶会公式サイト
発酵びと

「みんなの発酵BLEND」の記事に登場した、
発酵に関わる“発酵人”たちをご紹介。