発酵インタビュー

発酵に関わる食文化や
商品開発、普及、研究を進める
発酵のプロにインタビュー。

菌と共に生きる。
歌って踊れる発酵の伝道師
「発酵兄妹」が生み出す世界

posted:2020.4.20

山梨県では手前みそづくりが盛んだ。味噌を買うより麹を買って、自分たちで仕込みたいと思っている人が増えているという(詳しくは「HAKKO LOCAL JOURNEY⑥山梨」へ)。明治元年創業、五味醤油6代目の五味仁さん、そして妹の洋子さんも、味噌づくり教室を開催しているが、予約はすぐに埋まってしまうほどの人気ぶりだ。「うちは醤油屋じゃないし(創業時はつくっていたが現在はやっていない)、実は味噌屋でもないかもしれなくて、味噌づくりのお手伝いをすることが大事な仕事の一つなんですよね。どっちかといえばサービス業です」と仁さんはとぼけたように話す。

仁さん、洋子さんの仕事は、味噌づくり教室だけにとどまらない。2人は巷で「発酵兄妹」と呼ばれ、多方面で活動している。「手前みそのうた」をつくって歌い、本を出し、イベントを企画し、ラジオ番組も持つ。歌って踊ってトークもできちゃう、スーパーマルチタレント⁈ 時々ゆるーくボケる兄と、そこにキレのいいツッコミを入れてくる妹はコンビとしても秀逸。気さくな2人の周りには、いつの間にやら面白い人々が集まってきて、常に笑い声が絶えない。愉快な発酵兄妹は、いかにして生まれたのだろうか。

物心ついた頃から、味噌と麹が日常にある暮らし

「子どもの頃から毎朝、母がつくる味噌汁を飲んでいました。パンでも味噌汁。寝坊したときも急いで味噌汁だけ飲んで。でもそんなのは当たり前で、みんなやってることだと思っていました。それらが今、僕らの全てのベースになっています」(仁さん)

「例えば調味料も、化学調味料はうちになかったんです。お砂糖も茶色いから、子どもの頃は古くなったものを使っているのかと思っていました。すごく料理上手でもストイックでもないけれど、まっとうなものを食べて育ったんだなと大人になってから気づきました」(洋子さん)

五味家では暮らしと仕事は境目がなく、生活の一部として一体化していた。2人は子どもの頃、麹仕事から帰ってきた父親が、隣に寝るとふんわりと甘い麹の匂いがしたことを覚えているという。店の手伝いをすることも多く、母親が出られないときは宿題をしながら店番をし、レジ打ちすることも日常茶飯事だった。

やがて仁さんは東京農業大学の醸造学科へ。両親は仕事の苦労をあまり表に出さず、別に家を継がなくてもいいよと言ってくれたことで、それほど大きなプレッシャーはなく、伸び伸びと自由な気持ちでいることができた。

醸造学科で2年学んだ後、バイオビジネス学科に編入。しかしその頃になって発酵の面白さに目覚めてしまい、ゼミの先生に謝りに行ったという。

「今まで真面目にやってなくてごめんなさい。学科は変わっちゃったけど、また教えてくださいってお願いしました。それから研究室に入り浸ってましたね。他の人から見たら、誰だあいつって感じなんですけど。いつも遅くまで居残っていました」(仁さん)

大学を卒業後はタイの醤油メーカーに就職。すぐに家業へ就くよりは視野を広げたいと、いきなり100人くらいのタイ人に囲まれて仕事をすることになった。

「新人だし仕事のノウハウもタイ語も全く分からないから、最初はめちゃめちゃ大変でしたが、全部自分でやれることは楽しかったです。2ヶ月くらい働くと、タイ語もなんとなく分かってくるんですよ。生産も配達も任せてもらい、日本から来たお客さんは全部自分が対応して。普通だったらできない経験をいっぱいさせてもらいました」(仁さん)

3年間働き、仕事は楽しかったが、大規模な生産を管理するよりも、もっと人の顔が見え、自分がつくったものを直接買ってもらえるような仕事がしたいと仁さんは思うように。実家に戻ることは決まりごとでもなかったが、自然とすんなり家業に入ったという。

「みんなが聞いてくるほどドラマチックなことは何もなかったですね。実際に継いでみてから内情を知り、大変なことはたくさんありましたけど(苦笑)」(仁さん)

小倉ヒラクさんと出会い、発酵兄妹が誕生

「兄がタイにいるとき遊びに行ったんですよ」と楽しそうに話すのは妹の洋子さん。仁さんとのトークの間合いも絶妙で、仲良し兄妹のイメージだが、子どもの頃はずっと仲が悪かったそうだ。

「兄のことは怖い人だと思っていて、あまり喋ったことなかったんです。姉(五味さんは3人兄妹)と一緒に、いつかあいつを倒そう、とか言ってました(笑)。仲良くなったのは20歳過ぎくらいからですね。兄はよく本を読むんですが、面白いと貸してくれるので、考えていることはだいたい分かるというか、兄と思考は似ているなと思います」(洋子さん)

ちなみに洋子さんも農大の醸造学科出身。人がおいしいものを食べて健康になるのは良いことだからと、将来は食に関する仕事をしたいと思っていた。最初は栄養士を志望していたが、塾の先生に「醸造の方が面白いよ」と言われて気持ちが傾いた。

「味噌屋の娘が醸造を勉強したら、もし味噌屋にならないとしても、面白い人間になれるんじゃないかと思って」(洋子さん)

大学ではお酒や調味料も一通り全部つくった。実習が増えてくると、どんどん興味が湧いてきた。

「ある日突然、発酵にすごくロマンを感じてしまって。教科書で見ていた微生物が、こんな味や香りをつくるんだ、って実感したことで、とても面白くなりました」(洋子さん)

発酵兄妹が誕生したのは、現在「発酵デザイナー」として活躍する小倉ヒラクさんとの出会いが大きい。当時、ヒラクさんは東京のライフスタイル提案会社で働き始めた洋子さんの同僚であり、会社の会報誌を作るディレクターだった。

「健康をテーマにしたコラムがあり、発酵について何か書いて欲しいって言われたんだけど、最初は自信がなくて断ったんです。でも企画自体は面白いから協力はしたい。兄は味噌づくりの現場で働いていたから、2人でだったらできるかも、という話になり。それじゃ‟発酵兄妹“だね、とヒラクさんが命名してくれました」(洋子さん)

2人の記事は会報誌で連載され、最終回では恩師でもある農大名誉教授・小泉武夫先生へのインタビューも行った。実はそれがきっかけでヒラクさんは発酵の深みにハマってしまったという裏話もある。

「もう10年も前なので、発酵兄妹がその後こんなに長く定着するとは思っていませんでした」(洋子さん)

山梨はおろか全国の味噌づくり愛好家に知れわたる「手前みそのうた」もヒラクさんと一緒につくった。五味醤油では昔から、地元の小学校で味噌講座を受け持っていた。地域の郷土食を学ぶために甲州味噌をつくり、その味噌でほうとうをつくって食べる、という授業があった。五味家の母親から引き継がれて仁さんがその担当をしていたが、落ち着かない子どもたちの気を引くために、何か歌があったらいいなと思ったそうだ。

「でもつくったのは勢いです。打ち合わせも何もなく、つくろうぜ!いえーい!って感じでできちゃった。ヒラクさんがちょうど会社を辞めてフリーになって、暇だったんですね。発酵兄妹のキャラクターをつくってアニメにして。うちの社名の五味醤油とか、甲州味噌とかは入れないって最初から決めていて。それは結果的に良かったんですけど、特に戦略的なわけでもなかった。作詞作曲の森ゆにさんも、僕が独り言で歌つくりたいとつぶやいたのを、私つくります!って言ってくれて。すべてのタイミングが良かったんです。あの時のメンバーは今でも何かと一緒に活動しているし、関わった人の半分くらいが山梨に移住しちゃいました」(仁さん)

「私も山梨に戻ってきたし、みんな発酵で人生狂わせちゃったよね(笑)」(洋子さん)

とどまることを知らない、発酵兄妹の多様な活動

2人はヒラクさんと一緒に、地元のラジオ番組も持っている。

「『発酵兄妹のCOZY TALK(コージートーク)』というタイトルで、一応発酵の話がベースだけれど、そこをきっかけに広がった、自分たちの周りにいる面白い人たちを世の中に紹介したい、という思いでやっています」(洋子さん)

「自分たちのブランディングにもなっているのかな。ラジオを聞いた人が面白がって、発酵をキーワードに“こんなこと一緒にやろうよ”と僕たちにいろんな球を投げてくれるようになりました」(仁さん)

多方面で活躍する2人だが、五味醤油という会社の基盤にも少しずつ手を入れ、新しいチャレンジをしていきたいと思っている。富士山のようなユニークな建物「KANENTE(カネンテ)」を建てたのも、「手前みそキット」をつくったことが発端だそう。一度ここに来て学んだ後は、キットを購入すれば自宅で簡単に味噌をつくれるようにした。

「でも実際には毎年ここでみんなで仕込みたい、と楽しみに集まってくれるお客さんも多くて。それは再発見でした」(洋子さん)

「今後やりたいのは、今も国産の材料を使っているんですけど、原材料をなるべく地元のものにして、地域に貢献できるような、もっとこだわった味噌をつくってみたい。例えばお客様と年間契約のようにして、特別な味噌がつくれないかなとか。まだ試行錯誤ですけど、周りとコミュニケーションを取りながら、地域にとってより良い方法を考えています」(仁さん)

自由にアイデアを巡らせる2人にとって発酵とは、どんな魅力があるのだろうか。

「僕はつくり手側の視点ですが、発酵食品って、その土地の微生物が醸し出す唯一無二のものであって、この地域が持つ独自の気候風土、この蔵に棲み着く菌でなければできない。そこでしかつくれないプロダクトだって言えるのが魅力的で、面白いなあと思っています」(仁さん)

「醸造家さんは自然界と向き合い、菌の働きに委ねて許容する、独自の時間軸みたいなものを持っていて、そこにとても憧れます。自分もそんな風に自然や微生物を大らかに受け止められるようになりたいし、みんながそうなったら、日々心穏やかに過ごせるんじゃないかなと思います」(洋子さん)

ところどころで冗談を飛ばし合っては笑いながら、ゆるく楽しく自然体で、でも真面目に発酵と向き合う仁さんと洋子さん。2人の愉快なトークと活動は、これからもまだまだ面白くなりそうだ。

五味仁・洋子(五味醤油株式会社・発酵兄妹)
五味仁
五味醤油6代目/発酵兄妹(兄)。東京農業大学にて醸造と経営を学び、卒業後、タイの醤油メーカーに就職。「味噌屋の息子だから味噌がつくれるだろう」と安易な理由で大抜擢され、味噌製造と調味料(ソース/たれ)の開発を担当。3年間勤めたのち、五味醤油にカムバック。「手前みそ」を広めるために日々奮闘中!サウナが好き。

五味洋子
発酵兄妹(妹)。三兄妹の末っ子として生まれ、高校卒業まで甲府市で育つ。東京農業大学醸造科学科を卒業後、2009年ライフスタイル提案会社に就職。社員食堂の立ち上げや、新規事業部で商品企画を担当。2013年山梨へUターン。2014年五味醤油入社。6代目を務める兄仁と二人三脚で奮闘中。WEBマガジン〔大人すはだ〕コラム連載。YBSラジオ〔発酵兄妹のCOZYTALK〕出演中。

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