発酵ライフスタイル

発酵をあたらしくとらえ、
独自のスタイルで発信している、
注目のスポットやプロジェクトをご紹介。

オーガニックのお米を発酵させた
エタノールが循環社会をつくる
〈ファーメンステーション〉

posted:2020.1.31

東北新幹線の水沢江刺駅を降りると、どーんと巨大な鉄瓶のオブジェが出迎える。岩手県奥州市は南部鉄器の一大生産地だ。そんな奥州市にユニークな企業がある。会社名は〈ファーメンステーション〉。どうも発酵が関わっていそうな名前だが、一体何の会社なのだろう?

待ち合わせた公園には、明るく元気な女性が待っていた。挨拶もままならぬうちに、「まずは展望台へ登りましょう」と案内されて展望台の一番上まで階段を上がると、驚きの風景があった。

遥か彼方には雪に覆われた雄大な山々が見え、遠くまで広がる田園地帯。この辺りは散居集落と呼ばれ、山背を防ぐ防風林と家が同じ向きに並んでいる。家が1箇所に固まるのではなく、バラバラに散らばって田んぼの前に建てられるのは、水が豊かな証拠だそうだ。

「最初にこの風景を見せたかったんです。この土地の魅力を知って欲しかった。今日は曇ってしまったけれど、春の晴れた日の水田の緑もとってもきれいなんですよ」と笑顔で話す女性こそ、〈ファーメンステーション〉の代表、酒井里奈さんである。

秋には田んぼにたくさんの稲穂が実る。©ファーメンステーション

発酵の力で環境問題の解決に取り組む

酒井さんは、元々東京で金融関係の会社で働いていたが、以前から環境問題に興味があった。偶然テレビで見た、生ごみをバイオ燃料に変える技術を学びたいと会社を辞め、東京農業大学の醸造科学科に32歳で入学した。

「それまでそんなに発酵に興味があったわけではありません。だから醤油やみりん、酒の延長にバイオ燃料があったなんてびっくりでした。醸造は日本の伝統文化であり、そこからさらに踏み込んだところで環境問題を解決できるというのは面白いなと思いました」

現在の事業の発端は在学中から。当時、醸造環境科学に関わる実践的な取り組みを奥州市が行っていた。酒井さんは、休耕田の田んぼからバイオ燃料をつくるという、大学と胆沢町の人々との共同研究に参加。金融の知識を生かしたコンサルなどを行い、気づいたら深く関わっていたという。

「なんとなく巻き込まれちゃったんです。米は食べるだけじゃなく、いろんな用途があってもいい、という発想に気づきをもらいました。実証実験は採算が取れず、もうダメかと思っていた頃に震災が起きて、地域の中で必要なものが調達できる大切さを痛感しました。どうにか実験を続けられないかと模索していたとき、ほとんどの化粧品に原料としてエタノールが入っているのに、その由来がまったくわからないことに気づいたんです」

実は由来のわかるエタノールはほぼ世の中に流通していない。エタノールというと消毒薬のイメージが強いが、化粧品や香水にも入っている。味噌などに入っている酒精、そして酎ハイもエタノールだ。そのエタノールが何からできているのか知る人はとても少ない。日本にあるエタノールは、ほぼ海外からの輸入で、国産など聞いたことがなかった。

〈ファーメンステーション〉代表の酒井里奈さん。

地域の仲間たちと共に醸す循環社会

バイオ燃料実験を行っていた酒井さんたちは、米を発酵させたエタノールづくりを始めた。

「米由来のエタノールがあったらいいんじゃないか、いつか市場ができるんじゃないかと思いました。そんな会社もなかったし、もし他の誰かが先にやったら悔しい。それならもう自分でやり切ろうと」

まず、工業用アルコールの製造販売許可(取得するのは大変難しい)が下りるまでは、エタノール製造時の副産物である米もろみ粕で石鹸をつくって販売した。その原料の要は米だが、酒井さんたちの商品は精米していないオーガニックの玄米を使用しているため、美容効果も期待できるそうだ。商品の品質には自信があったが、最初は販売にも苦労が多かった。

「デパートの店頭などで販売活動を行っていましたが、なかなか理解されませんでした。エタノール製造販売の認可が下りても、エタノールだけでは何? と思われることが多く、アロマスプレーなど自社商品をつくりました。10年続けてようやくこのサスティナブルな取り組みが認められ、市場が追いついてきたのは本当につい最近です」

同時に地域の人々が自然に各々でごみゼロの循環社会を形成し始めた。米もろみ粕を飼っている鶏や牛に食べさせ、糞は田んぼや畑に撒いて米や野菜を育てる。ヒマワリを栽培し、その種を搾った油で野菜を焼き、卵でお菓子をつくる。酒井さんはそんな彼らを仲間たちと呼び、絆を深めている。農産物の質は上がり、こうした取り組みに興味を持つ人が県外はおろか海外からも訪れるようになって、循環社会を学ぶツアーも開催。次第にメディアにも注目されるようになった。

〈ファーメンステーション〉のオリジナル商品たち。

製品づくりに欠かせない発酵もろみ。

麹は〈秋田今野商店〉の種麹を使用。

オーガニック認証を取得した、米由来のエタノール

〈ファーメンステーション〉のエタノールは、奥州市の休耕田だった田んぼで育てた米を、麹と酵母で発酵させる。米はJAS有機米で、製造工程はほぼお酒と一緒。蒸留して米焼酎の状態になってから精製し、最終的には濃度90パーセント以上のアルコールになる。研究室で完成途中のエタノールを嗅がせてもらうと、米由来のふわりとやさしい香りだった。酒造免許を持っていないため食品にはできないが、飲んでも問題がないものだそう。

最近のビッグニュースは、USDA(アメリカ合衆国農務省)のオーガニック認証を取ったこと。これは本当に画期的、と酒井さんは目を輝かせる。日本国内の工業製品には認証自体がなく、オーガニック認証を持つエタノールは世界的にも少ない。国内ではここだけだ。〈ファーメンステーション〉のエタノールを使えば、オーガニックコスメだと堂々と言えるのである。

米には可能性があるし、未利用資源を活用して、一般の人が手に取って使えるものをつくれるのが、うちの強みだと酒井さんは言う。自社製品以外では、企業と協業してオリジナル化粧品の製造や、米以外の原料を発酵した商品を開発中だ。例えば、〈JR東日本〉との取り組みでは、青森のシードルづくりで大量発生するリンゴの搾りかすを発酵・蒸留したエタノールでルームスプレーをつくっている。

休耕田だった田んぼで育てた無農薬米。

製品は奥州ラボでつくられている。

リンゴの搾りかす。

「みんなが未利用資源と思っているものは、私たちにとって有用な資源。例えば塩を買うときに、精製塩か、天然塩か、選ぶことができますよね。同様に日用品や雑貨を買うときにも、何でできたエタノールなのか、選択肢のあることが常識になったら良いなと思う。選びたいというお客さんが増えれば、ごみもごみじゃなくなるんです」

発酵のすごいところは、未利用資源を“処理”するのではなく、“付加価値を上げてくれる”こと。発酵によってさまざまな産業、ビジネス、人々の交流の場をつくることができる、と酒井さんは言う。

「微生物が勝手にいいものをつくってくれるんです。お金を払うわけでもないのに、場を整えたらどんどん面白いものにしてくれる。私はみんながびっくりするようなことをするのが単純に好きなんでしょうね。発酵には常に驚きがある。もろみがブクブクしているのも可愛いし、リンゴの搾りかすがこんなにいい匂いで、今までにないものになるなんて。その驚きが魅力です。別の菌を使ったらもっといい香りがする? 他の効能が出てくる? と姿を変えていくプロセスが本当に楽しくてワクワクします。だから処理っていう言い方じゃなく、新たな価値をつくってくれるものだと言いたい」

酒井さんにはまだまだやりたいこと、みんなをびっくりさせたいことがたくさんあるようだ。ここでは言えないあれこれを、目下もくろみ中だとか。研究室に山と積まれた奥州産の米を愛おしそうに抱きしめる酒井さんの姿に、こっちまでワクワクせずにはいられなかった。

〈ファーメンステーション〉のスタッフと酒井さん。

information

ファーメンステーション(Fermenstation)

【ファーメンステーション奥州ラボ】
address:岩手県奥州市前沢区本杉141-1
tel:0197-47-5917

【ファーメンステーション】
address:東京都墨田区横川1-16-3 センターオブガレージ Room08
web:https://www.fermenstation.jp