発酵インタビュー

発酵に関わる食文化や
商品開発、普及、研究を進める
発酵のプロにインタビュー。

寺田本家の寺田聡美が、
楽しく自然体で、
お腹の底からワクワク醸す発酵料理

posted:2021.4.9
photo by おやまかな

千葉県香取郡神崎町(こうざきまち)は、利根川沿いの肥沃な大地で米や麦、大豆などが栽培され、昔から豊かな穀倉地帯だった。そのためこのエリアには酒蔵はもちろん、味噌、醤油などの醸造蔵が多く建ち並び、江戸時代は西の酒どころ「灘」と並んで、「関東灘」と呼ばれていたという。現在は「発酵の里 こうざき」をキャッチフレーズに町づくりが行われ、地元の発酵食品がたくさん並ぶ同名の道の駅もできた。酒蔵主催のお祭り「お蔵フェスタ」や発酵食品のイベントでは町を挙げて盛り上がり、県外からもたくさんの人が訪れて賑わっている。

創業340年を超える老舗の酒蔵〈寺田本家〉は、そんな町の中心的存在だ。先代の23代目から自然酒づくりを始め、原料米は全て無農薬・無化学肥料栽培。自分たちでも田んぼを耕し、酒は蔵付きの微生物たちによる自然の力に委ねられた、昔ながらの日本酒づくりにこだわる酒蔵だ。彼らが醸す酒は、近年ではミシェランの星付きレストランや、海外のシェフからも高く評価されている。

その蔵元の次女として生まれ育ち、現24代目蔵元の妻として、また〈発酵暮らし研究所&カフェうふふ〉の店主として蔵を盛り立てる寺田聡美さんに、彼女から見た蔵の風景や、発酵に関わる自身の活動などについて、話を伺った。

自然酒づくりが始まって、
家の食生活も変わっていった

「子どもの頃から蔵に行くのが好きでした。お米の蒸し具合をみるために、『ひねり餅』って言って、蒸し立てのお米をお餅にするんですけど、それが好きで食べに行ったり。私、実はお酒は全然飲めないんですけど、酒造りの現場を見るのは大好きで。蔵人さんたちには随分かわいがってもらっていました」

寺田本家が自然酒づくりを始めたのは、聡美さんが小学校低学年くらいのときだったという。それまでは、その当時の酒蔵の大半がそうであったように、できるだけ安く早く、たくさんの酒をつくり、また「桶売り」といって、大手酒造メーカーの下請けOEMのような形で、タンクごと買い取ってもらい、他社ブランド名で販売していた。

とにかくどうにかして儲けることが最優先された時代。次第に日本酒業界が斜陽となっていくなか、必死であがいていた先代は、やがて体を壊して倒れてしまう。病気になって初めて「そもそも酒は百薬の長。人の役に立つ酒をつくろう」と気づき、今までの方針をガラリと変えて奮闘することから現在の自然酒づくりに至っている。寺田本家のファンならば、そのストーリーをご存じの方も多いだろう。

実はその頃のことはあまり覚えていないんですけどね、と朗らかに笑う聡美さんだが、家の食事が少しずつ変わっていき、玄米食になっていったという。玄米の匂いは好きだったので、おいしいと思って食べていたそう。真摯な生産者とつながる機会が増えていき、何を食べたらいいのか、本当のことが情報として入るようになった。

聡美さんは高校を卒業すると、父親のすすめで東京の雑穀菜食のカフェで料理を学び、やがて働くようになった。

「料理は昔から好きでした。マクロビオティックって、以前は病気を治すためのようなイメージが強くあったんですが、実際は、野菜をもっと楽しく食べるアイデアみたいなものを多く学んだように思います。カフェでは雑穀にもフィーチャーしていて、ハンバーグやオムレツを雑穀でつくるなど、見た目にもきれいでおいしく食べられる、様々なアレンジ方法を教えてもらいました」

マクロビオティックを学び始めた頃は、あれはダメ、これは食べちゃいけない、など知識で頭でっかちになってしまい、かえって体を壊したり、友達と疎遠になったりなど、窮屈な思いも経験したそうだ。しかし次第に食べることの本質を考えるようになり、楽しく食べて自然に健康でいることが一番! と今は肩の力を抜き、あまり強いこだわりを持たず自由に料理に向き合っている。基本的に好き嫌いはほとんどなく、時にはジャンクフードも食べるという。

蔵元となる夫との出会い、
発酵料理の本も出版

雑穀菜食カフェでの仕事は、生産者とお客さんの間を取り持つ立場だった。長く働くうちに、生産の現場をもっと深く知りたいと思うようになり、酒蔵がまさにその現場のひとつであることに気づいた。そこで実家へ戻り、ひと冬酒づくりを手伝った。

「でも結局実家だから、なんとなく怠けちゃって。朝寝坊はするし、来なくても大丈夫だよって、甘やかされちゃったりして(笑)。気づいたら自分の居場所がなくなっていたんです。そこで私にできることは何だろうって改めて考えました」

ちょうどその頃、蔵では発芽玄米の酒が完成していた。発芽玄米の酒粕は、上質な米を使った上等な酒の粕なのだが、甘酒や粕汁にはちょっと使いづらく、どう活かしたらいいものか、誰にも分からなかった。酒は売れるのに、酒粕はどんどん冷蔵庫に溜まっていく。品質は良いものなのに誰にも知られないままだった。これはなんとかしなければと、聡美さんは動いた。

「実は私も酒粕はあまり得意ではなかったのですが、勉強しようと思って酒粕料理の本を買ってきました。その中に酒粕の天ぷらっていうのがあったんですね。試しにやってみたら、すごくお酒がキツくて。私にはとても食べられなかったんです。でも、端っこのところがよく焼けてチーズみたいな味になっていたことに気づきました。もしかして酒粕もチーズも乳酸発酵だから、親戚のような関係なのでは? それなら酒粕に油と塩を足せば、チーズのようになるかもしれない、と思って。これはいい発見でした」

そこで改良を重ねてつくった酒粕クラッカーは、お酒を飲めない人や子ども達に大人気。お酒好きな人にとってはつまみにもなると喜ばれた。さらに粉チーズのような風味の、粉末状の酒粕調味料も開発。乳製品は一切入っていないのだが、食べると本当にチーズのような旨みとコクがあり、何にでもかけてしまいそうになる。他には麹の入ったバーベキューソースや発酵ラー油などもつくった。これらは寺田本家のオリジナル調味料として販売され、聡美さんの酒蔵での立ち位置も定まっていった。

コツコツ貯めていたレシピは、2013年に料理本にまとめて出版。料理家として、酒粕や麹、甘酒などを使った日常の発酵ごはんを提案するようになった。

料理本の中でも「カミさんのごはんはとにかくおいしい」とべた褒めしているのが、24代目蔵元である夫の優(まさる)さん。優さんも当時は日本酒が苦手だったそうだが、春になったら種を蒔き、お米を育てるところから始める自然に寄り添った酒づくりには魅力を感じ、蔵人として働き始めた。ここでの仕事と暮らしは優さんにすんなり馴染み、すこぶる楽しかったようだ。優さんが来てから田んぼの面積はいつの間にかどんどん広がっていったそうだ。

「父は話をするのが好きで、朝礼の後によく蔵人たちに話をしていたんです。私たち家族は、ああ、またいつものだな、くらいに思って聞いていたんですけど、優くんは父の言葉を一つ一つメモに書き留めていました。父もうれしかったでしょうね。飲み込みが早くて勉強熱心でしたよ。だから父が急に亡くなり、バトンタッチされたときは大変ではあったけれど、優くんは父の言葉を全部コピーして言えちゃうくらい、120点以上の対応だったと思っています」

お酒が苦手だからこそ、
みんなが楽しめる場所へ

2017年に、蔵のすぐ隣の土地を縁あって引き取り、築40年のアパートをリノベーション。聡美さんの活動の拠点である、発酵暮らし研究所&カフェうふふをオープンさせた。蔵で使わなくなった道具や古い木桶などをリサイクルし、壁の板材やテーブルに利用している。ここではカフェで料理が食べられる他、教室やイベントなどが不定期に開催されることも。

料理は基本的にベジタリアンで発酵食が中心。料理に使う素材は、主に地元の生産者の旬のもの。土地のもの、季節のものは聡美さんが特に意識していることで、素材ありきで料理が決まる。東京から程よい距離のせいか、この地域には志高くストイックでユニークな生産者がたくさんいるそうで、一流レストランに卸しているところも多い。無肥料、無農薬で丹精込めて育てられた野菜たちを、生産者の思いも乗せてしっかり伝えたいため、あまり手を加え過ぎず、素材そのままのおいしさを表現できるよう努めている。

聡美さんがこの場所でやりたいことは、地域が無理なく循環していく、その一端になること。

「特に大きな欲もないんです。自然体で無理なく、身近にあるものが実はとても恵まれた環境で、その良さに気づいてもらえたら良いなって。このカフェがその小さなきっかけになれたらいいですね」

寺田本家が伝えたいものは食だけに限らない。気持ちよく自然に寄り添う暮らしそのものを、カフェという気軽な間口から、少しでも感じてもらえたらうれしいと聡美さんは思っている。

「うふふ」というネーミングは、「お蔵フェスタ」のサブタイトルを考えていたとき、父親が発した「うふふで発酵」という一言から。聡美さんは最初「なんてセンスのない言葉だろう」と思っていたそうだが、気づいたらみんなに親しまれる言葉になっていた。うふふ、という言葉の響きには、面白そうだったり、でもちょっと控えめだったり、穏やかで、いたずらっぽくて、ワクワクして、気持ち良さそうな雰囲気があり、寺田本家らしさを全部ひっくるめたような、ほのぼのとした愛嬌を感じさせる。

発酵の世界は奥が深過ぎて、とても一言では語りつくせない、という聡美さん。

「長年家族と現場を見ていて感じることは、微生物はやっぱり生き物で、この温度でこの分量入れたら発酵という化学変化が起こる、というのではなくて、関わっている私たちの気持ちにも繊細に呼応して、お互いに手を繋ぎながらより良い世界へと導いてくれるものだと思っています。うまく言えないけれど、お腹の底からワクワク楽しくしていないと良い発酵は起こらない。ミクロの世界から宇宙まで繋がる、大きくて深いものなんです」

ゆっくりと丁寧に言葉を選びながら、でも自然体で大らかに、終始ニコニコと笑顔で語ってくれた聡美さん。おいしいものを次々と生み出す聡美さんの周りには、きっと良い微生物がたくさん集まってくるのだろう。

寺田本家/発酵暮らし研究所&カフェうふふ
寺田聡美(てらださとみ)さん
酒粕料理研究家。つくり酒屋に生まれ育ち、いつも身近にあった酒粕や麹を毎日の生活に楽しくおいしく取り入れるレシピを提案している。考案したレシピは、カフェうふふで提供するほか、“うふふで発酵調味料シリーズ”としても発売中。不定期で料理教室も計画中。

https://www.teradahonke.co.jp