わたしたちの身近にある発酵食材。
常備している人が多いものの、
その食べ方のレパートリーは意外と少ないかもしれない。
そこで世界の料理に精通する森枝幹シェフが、
アレンジレシピを考案。
自宅の台所から、世界の食卓へ出かけてみよう。
今回のお題は「カルピス」。
日本初の乳酸菌飲料「カルピス」が、
相性抜群なあんこと出合った!?
内モンゴルの発酵乳をヒントにつくられた「カルピス」。大正の世にデビューし、日本初の乳酸菌飲料として愛されて100年。今でも甘ずっぱい“初恋の味”への人気は健在だ。今回は、自身も子どもの頃からよく飲んでいたという森枝さんが、この「カルピス」を使ってお腹にやさしい“発酵おやつ”づくりに挑戦。かくして、新しくて刺激的で、でも昔なつかしいお汁粉レシピが誕生した。さあ、大正ロマンの空気をまとった喫茶タイムのはじまりだ。
明治末期、はるばると馬で内モンゴルを旅した日本人がいた。長旅で体調を崩した彼は、現地の遊牧民たちに乳酸菌で発酵させた飲み物をふるまわれた。強烈にすっぱかったけれど、飲むにつれて胃腸の調子がよくなっていく。みるみる体がよみがえる。なんという滋養の力!
おどろいた彼はこのドリンクの製法を学び、帰国後も研究を重ねた。その人こそ三島海雲、誕生以来100年余にわたって愛されることになった「カルピス」の生みの親だ。
27歳の頃の三島海雲(写真提供:アサヒ飲料(株))
発売当初の「カルピス」(写真提供:アサヒ飲料(株))
日本初の乳酸菌飲料「カルピス」がデビューしたのは1919年(大正8年)のこと。幼い頃は病弱だったという海雲だが、成人後の方が元気で、この「カルピス」を飲みながら92歳まで社長業を全うしたという。
「原液のタイプ、なつかしいなあ! ぼくも子どもの頃によく飲みました。我が家でも、お中元やお歳暮でいただく特別なものでしたね。とくに巨峰味が好きで、よく隠れてこっそり飲んでいました(笑)。子ども心にもプレミアムなものだったんですね」(森枝さん)
「原液タイプの『カルピス』だと水、あるいは炭酸、お湯などで割るのが一般的みたいですね。でも、意外と料理やお菓子づくりに応用できると思いますよ。たとえば、あんこと『カルピス』は必ずいいコンビになります」(森枝さん)
ちょっと意外にも思えるが、ここで少し森枝さんの脳内をのぞいてみよう。
「合う・合わないという判断は直感です。でも詳しく解説するなら、よくある五角形のレーダーチャートのようなものを頭の中に描いています。味、食感、香り、印象、色…いろんな特徴をあらわすチャートです。これをながめて、相反するタイプの食材をぶつけあうと、おいしくなることが多いんですよ」
この図式でいえば、「カルピス」は生っぽく、みずみずしい食材であり、酸味・旨み・乳味があり、軽くて爽やか。一方の「小豆」は乾物で、熱する食材であり、あんこであればほっこりとした甘み、ずっしりとした重みがある。両者は相反するタイプの食材というわけだ。
「たとえば、老舗で昔ながらのお汁粉を頼むと、塩昆布がついてきませんか。あれも相反するタイプをぶつけあう好例。甘さとしょっぱさの無限ループを楽しみながら、いくらでも食べられる。相反しつつ、お互いを補いあう関係ともいえますね」(森枝さん)
シェフならではのおいしい方程式から生まれた、新しいおやつの味わいはいかに? さっそく挑戦してみよう。
まずは小豆を洗い、水をたっぷりと注いだ鍋にいれて、中火で煮る。30分ほど煮たら、ざるにあけて茹で汁を捨てよう。そして、この工程をさらに2回繰り返す。
「2回目になると小豆の粒が割れて、やわらかくなってきます。3回目は1時間ほど煮てください。3回目が煮終わる頃にはキッチンいっぱいに幸せな小豆の甘い香りが満ちているはず。ただ、ここまでの工程で少なくとも2時間はかかります。時間がないときは市販のゆで小豆を使うのが吉です」(森枝さん)
3回目を煮終わったら、やわらかくなった小豆を鍋に入れたまま15分ほど流水にさらす。水が澄みはじめ、粗熱がとれたら、ざるにあけてよく水気を切ろう。
水気を切った小豆(あるいは、市販の茹で小豆)を鍋に入れ、砂糖と塩を加えて弱火で20分ほど煮る。鍋底がこげつかないように、木べらで絶えずかきまぜるのがコツ。
「もしサラサラのお汁粉が好みなら、ここで少し水を足しましょう。トロトロが好きならこのまま煮詰めて、ほどよい濃さのところで火を止めてください。仕上げに『カルピス』の原液をまわしかけるので、重めに仕上げるのがコツですよ」(森枝さん)
ちなみに、ここでしっかり煮詰めて水分をとばすと、いわゆる「粒あん」になる。こうしておけば冷蔵・冷凍保存が可能だ。お汁粉にするときは、鍋に粒あんと水を入れて好みの濃度にのばして使おう。
小豆を煮ている間に、寒天づくりと白玉づくりにいそしもう。
まずは寒天から。鍋に、粉寒天を溶かすための規定量の水を入れ、沸騰させたら火を止める。そして、粉寒天と「カルピス」を鍋に入れ、1~2分ほどよくかき混ぜる。
「一度火を止めるのは、『カルピス』の魅力である生っぽさ、軽やかさ、清涼感を消さないため。粉寒天は80度くらいあればきれいに溶けますから大丈夫ですよ」(森枝さん)
できた寒天液は、深さ1〜2cmになるようにバットに注ぎ、冷蔵庫で冷やし固める。
「寒天液が泡立ってしまったときは、ガスライターやバーナーで液面をさっとあぶれば泡は消えます。なめらかで美しい寒天にする裏ワザです」(森枝さん)
冷蔵庫で固めたあとは、サイコロ状に切れば完成だ。切った後は再び冷蔵庫でよく冷やしておくのがポイント。
つづいて「カルピス」の白玉だ。「カルピス」の寒天を冷やしている間にとりかかろう。
まず「カルピス」と水が1:1になるように割り、白玉粉に少しずつ加えながらこねる。
「最もおいしい白玉になるように、『カルピス』の濃度をいろいろと実験してみた結果、原液と水の割合は1:1がベストでした。原液のまま使った方が濃厚でおいしいかと思いきや、ちゃんと水で割ったほうがバランスがよくて美味でした。ぜひこの割合でつくってみてください」(森枝さん)
生地が耳たぶくらいの硬さになったら、10等分にして丸めておく。丸めた白玉は、火が通りやすいよう中央をくぼませよう。
鍋に湯を沸かし、白玉を茹でる。浮いてきたら、さらに1分ほど茹でて冷水にさらす。
「こうすることで白玉がキュッと締まり、歯応えがよくなります。盛りつけるまでそのまま水につけておきましょう」(森枝さん)
3品ができたら器に盛りつけ、栗やチェリーなどのお好みのトッピングをのせる。
「最後に『カルピス』を回しかけたら、はい! 『カルピス』のお汁粉の出来上がりです」(森枝さん)
冬の日差しが降り注ぐダイニングには、キッチンから小豆の甘い香りが漂う。熱いお汁粉をふうふうしながら、しあわせなおやつタイムを迎えた森枝さん、はじめてつくった「カルピス」×あんこのお味のほどは?
「なんで今までつくらなかったのか不思議なくらいベストマッチ。食感と温度のちがうものが入っているところがポイントで、これらをまとめて一口で食べてみると、いつもの食事にはない刺激がやってきます。この、ちょっと脳がバグるような感覚が面白いと思うんですよね」(森枝さん)
器の中には、熱々トロトロの小豆汁、もちもちの白玉、キリッと冷えたプルプル寒天が鎮座。最も「カルピス」の爽やかな味がするのは寒天で、ほんのすこし風味が残るのが白玉。食感も、温度も、味もそれぞれに違う。
「最後にまわしかけた『カルピス』の風味で、グッと爽やかになりますね。和のスイーツはよく黒蜜をかけるけど、かわりに『カルピス』をかけてもおいしいんじゃないかな?」(森枝さん)
どろりと重くなりがちなお汁粉に、涼やかな風がひと吹き。お腹にたまる満足感はそのまま、見違えるように軽やかな味わいに変わる。
「お汁粉といえばトッピングも楽しみのひとつ。季節のフルーツをのせてビタミン補給をかねてもいいですね。これからの時期なら、ミカンやイチゴ、シロップ煮のパイナップルもおいしそうです」(森枝さん)
「日本の人々に、健康で幸せになってほしい」という生みの親の想いから生まれた「カルピス」。お腹の調子を整えてくれそうなこの発酵おやつで、寒い季節も体と心をほっこりと温めて。