わたしたちの身近にある発酵食材。
常備している人が多いものの、
その食べ方のレパートリーは意外と少ないかもしれない。
そこで世界の料理に精通する森枝幹シェフが、
アレンジレシピを考案。
自宅の台所から、世界の食卓へ出かけてみよう。
今回のお題は「たくあん」。
白米のお供として親しまれてきた漬物が、
タイ料理にアクセントを加える!?
塩漬け、糠漬け、甘酢漬け。さまざまな漬け方を編み出してきた漬物大国・日本。その代表格が「たくあん」だ。江戸っ子も愛したこの漬物は日本固有かと思いきや、よく似たものがほほえみの国タイでも愛されていた。今回は、東京・渋谷にタイ料理の人気店をプロデュースした森枝さんが、このたくあんを使ってタイの味を再現。ポリポリ、シャキシャキ、もちもち、いろんな音が聞こえてきそうなエンターテインメントな一皿を教えてくれた。自宅のキッチンから、おいしい香り漂うタイの屋台にジャンプ!
白いごはんのお供として親しまれてきた日本発祥の漬物「たくあん」。米ぬかを乳酸発酵させたぬか床の中に、天日で干した大根を漬けこんでつくる昔ながらの保存食だ。一説によれば、江戸時代に生きた臨済宗のお坊さん・沢庵(たくあん)和尚がつくりはじめたという。
もちろん、魅力は味だけじゃない。発酵食品であるたくあんは、おなかの整腸作用が期待できる食物繊維をはじめ、むくみ予防に役立つカリウム、抗酸化作用のあるビタミンC、疲労回復に効果的なビタミンB群などが豊富なことで知られる。冬は免疫アップにも一役買ってくれそうだ。
「たくあんといえば、『チャイポー』といってタイにもよく似た食材があるんです。大根の塩漬けで、現地のものはやや甘口。日本のようにそのまま食べることもあれば、細かく刻んで料理に加えたりもするんですよ」(森枝さん)
そう話す森枝さんは、2019年に東京・渋谷にタイ料理店〈CHOMPOO(チョンプー)〉をオープン。タイには毎年3度は訪れるというおなじみの国だ。
タイの市場で現地のシェフと食材探しをする森枝さん(写真提供:森枝幹)
「実際に滞在してみると、日本でよく見かけるタイ料理と現地の料理のギャップに驚きます。現在のタイでは、斬新でユニークな美食の世界へと誘ってくれるハイレベルなレストランが数多く登場しているのです。なのに、日本では20年前のまま時が止まってしまっている。そこで、日本のタイ料理を次のステージに進ませたいという思いでスタートしたのがCHOMPOOなんです」(森枝さん)
CHOMPOOの定番メニュー「カオヤム(ライスサラダ)」(左)と、期間限定メニュー「ワタリガニのナンプラー漬け」(右)(写真提供:森枝幹)
CHOMPOOのキッチンでは、森枝さんが自らスカウトした現地人シェフたちが腕を振るう。
「素晴らしいセンスを持つ仲間が増えつつあります。楽しくなってきましたね」と目を輝かせる森枝さん。日本で長年凍りついていたタイ料理の時計の針が今、再び進みはじめている。
実は、タイにはたくあんや厚揚げのように日本と共通する食材も多い。が、日本料理とタイ料理では食材へのアプローチの方法がまったく違うと森枝さんは分析する。
「絵画の世界でたとえると、余分なものを削ぎおとして表現するのが日本料理。一方、タイ料理はもっとカラフルで、もっとデコラティブ。サイケデリックともいえるほどのたくさんの味、食感、彩りを、うまくまとめあげていくバランス感覚はみごとです。日本にはまずないセンスが実に面白いんですよ」(森枝さん)
そんなデコラティブな現地の味を自宅で再現するならコレ! と森枝さんが挙げたのは「パッタイ」。本来の名称は「クイティオ・パッ・タイ」で、ライスヌードルのタイ風炒めという意味だが、料理名に「タイ」と国名を冠した世界的にも有名なタイ料理の代表格だ。
「パッタイは、辛いものが多いタイ料理にしては珍しく辛くない、万人が食べやすいユニバーサルな“やきそば”です。現地では、屋台でよく食べられていますね。なにより魅力だと思うのが“食感”! 卵はふんわり、たくあんはポリポリ、もやしはシャキシャキ。噛めば噛むほど口の中でリズムが出てきて、食べること自体がエンターテインメントに感じられる料理です」(森枝さん)
めくるめく味覚のカーニバルが味わえそうな森枝流「パッタイ」は、タイの「チャイポー」の代わりに「たくあん」を使う。エキゾチックな一品づくりにさっそく挑戦しよう。
まずは、米麺をぬるま湯に40分ほどつけて戻し、麺が半透明になったら水から上げる。戻しすぎないのがおいしく仕上げるコツだ。
次に、パッタイソースをつくろう。本場ではタマリンドという甘酸っぱいトロピカルフルーツでつくった調味料を合わせるが、今回は梅干しで代用する。ナンプラー、ココナッツシュガー、タネを除いてつぶした梅干しを鍋の中で混ぜ、とろみがつくまで弱火で煮込む。
「ぼくは普段、10倍の量でつくり溜めしています。このソースさえあればパッタイは簡単。ココナッツシュガーがなければ黒糖や白砂糖でもいいですよ。ちなみに、ナンプラーはタイ料理には欠かせない魚醤で、魚を発酵・熟成させた発酵食品。たったひと回しで食欲をそそるアジアの味になるので、冷蔵庫に一つあると便利です」(森枝さん)
続いて、具材の下準備をする。たくあんは拍子切り、厚揚げは一口サイズの角切り、ニラはザク切り、赤タマネギは薄切りにする。
「現地のパッタイに近づけるなら、たくあんは鮮やかな黄色のもの、甘さの強いものがベターかもしれません。個性の強いものを使うと良いアクセントになります」(森枝さん)
もやしはそのまま使ってもいいが、ここでクオリティをあげる方法がある。
「もやしのひげ根と頭をとるんです。パッタイは、それぞれの具材の“食感を際立たせる”のがポイント。食感がぼやける要素はなるべく取りのぞきます。こうすることでパリッと決まったワンランク上のパッタイになりますよ」(森枝さん)
また、むきエビは表面の汚れと臭いを取り除くため、あらかじめ片栗粉を揉み込んでよく水洗いしておこう。有頭エビを使うとよりゴージャスな一皿になる。
具材が揃ったら炒めはじめよう。まずは角切りにした厚揚げから。フライパンに油を多めにひいて、最大火力で厚揚げを5〜10分ほど揚げ焼きにする。
「これは中華料理でいう“油通し”です。もやしのひげ根と頭を取ったように、厚揚げも歯応えを強調するようにカリッとさせます」(森枝さん)
厚揚げの全面に焦げ目がついたら、別皿へよける。
続いて、エビを炒めよう。油はねに注意して、ひきつづき火力は最大に。エビは高温で火を入れることによってプリッと仕上がる。しっかり火が通ったら、これも別皿へ。
ここから先はスピード勝負! フライパンに多めの油をひき、最大の火力で溶き卵、続いて米麺を加える。厚揚げ、エビ、赤タマネギもここで加える。
「たくあん、もやし、ニラは最後に入れましょう。食感を生かしたいから、これらは生でもいいくらいです」(森枝さん)
焦げつかないようにフライパンを振りながら、パッタイソースをまわしかけ、さらに炒めれば完成だ。お皿に移して、桜エビ、刻んだピーナッツなどのトッピングを散らし、ライムを添えたら…
「おまちどうさま! タイ料理 パッタイができました」
(森枝さん)
エキゾチックな香りが漂うダイニングで、熱々のパッタイを口いっぱいにほおばった森枝さん。お味のほどは?
「うん、これこれ! 米麺のもちもち、たくあんのポリポリ、もやしのシャキシャキ、厚揚げのパリパリ、ピーナッツのカリカリ。パッタイはこの味と食感のバラエティがたまりません。このへんでちょっと“追いたくあん”いいですか」(森枝さん)
拍子切りにしたたくあんを麺の中に追加した森枝さん、「よくマッチしてウマイ…」としみじみ。
「タイ料理は味変させながら食べるのも楽しいんですよ。たくあんを増やしてもいいし、あるいはタイ式で調味料を追加してみて。タイの食堂には、ナムターン(砂糖)、ナンプラー、プリックボン(唐辛子)、ナムソム(お酢)のセットがあって、自分好みの味つけをしながら食べられるんです」(森枝さん)
噛めば噛むほどジワッと旨みが染み出すたくあんの味がいいアクセント。胃袋への刺激はもちろん、脳への刺激もあなどれない。目を閉じて味わえば、いろんな味覚が次から次へと訪れて、活気あるタイのカラフルな街角が浮かんでくる。
あれも食べたい、これも食べたい、そんな“食欲の秋”にもぴったりだ。五感のすべてで食べる喜びを味わえるこの一皿、ぜひ堪能してほしい。