わたしたちの身近にある発酵食材。
常備している人が多いものの、
その食べ方のレパートリーは意外と少ないかもしれない。
そこで世界の料理に精通する森枝幹シェフが、
アレンジレシピを考案。
自宅の台所から、世界の食卓へ出かけてみよう。
今回のお題は「チーズ」。
“人類がつくった最も古い加工食品”ともいわれるチーズを使った、
アメリカの家庭料理を再現してみよう。
赤ちゃんを育む命の水であるミルクをギュッと凝縮し、消化によい形に生まれ変わらせた古代の発明品「チーズ」。“人類がつくった最も古い加工食品”ともいわれる栄養満点の食材だ。今回は、そんなチーズをたっぷり使ったとろ〜り熱々の料理に挑戦。アメリカの旅の記憶をもとに、森枝さんが現地超えのアレンジレシピを教えてくれた。さあ、空想の飛行機にどうぞご搭乗を。目指すはアメリカ、おいしいチーズ料理を探す旅に出かけよう。
数千年前のアラビアの砂漠にて。商人が、ヒツジの胃袋を干してつくった皮の水筒にヤギのミルクを入れ、ラクダの背にくくりつけた。熱い砂を踏んで進むうち、喉がかわいた商人は皮の水筒をあける。するとミルクは消えて、透明な水と白い塊に変わっていたーー。
チーズの発祥説にはいくつかあるが、これはアラビア民話のなかに登場するチーズ誕生の物語だ。胃袋の酵素とラクダの揺れによってできた白い塊こそチーズである。一方で、チーズは古代エジプトの壁画や古いインドの歌などにも登場しており、2012年にはポーランドでおよそ7000年前のチーズづくりの土器が見つかるなど、真の起源はいまだ謎のベールに包まれている。
人類とは長いおつきあいのこのチーズ、原料や製法によっては1000を超える種類があるという。世界的には牛やヒツジ、ヤギなどの乳がおなじみだが、地域によってはロバやラクダ、ヤクなどの乳を使ったものもあるそうだ。
では、一つのチーズをつくるのにどのくらいの量の乳を使うのか。たとえば牛乳の場合、100グラムのチーズをつくるためにはその10倍、約1リットルという大量の牛乳が要る。赤ちゃんがスクスクと育つために必要な、豊富な栄養素がギューッと凝縮した貴重な食べ物なのだ。
そんなチーズには、6大栄養素(たんぱく質、脂肪、炭水化物、ミネラル、ビタミン、食物繊維)のうち食物繊維以外はすべて含まれている。そのため、野菜やフルーツと一緒に食べれば完全栄養食になるといわれる。特にたんぱく質が豊富なことから、“白い肉”と謳われることも。また、発酵・熟成によってたんぱく質や脂質、カルシウムが消化吸収しやすい形になっているのも魅力だ。
さて、チーズは大きく2つのタイプに分けられる。「ナチュラルチーズ」と「プロセスチーズ」だ。
「ナチュラルチーズ」は、牛やヒツジなどの乳を乳酸菌や酵素の力で固め、水分(乳清)を除いたもの。菌や酵素がはたらき続けるため、時間とともに発酵や熟成が進み、風味が変化する。「モッツァレラチーズ」や「カマンベールチーズ」、「ゴルゴンゾーラチーズ」といった種類がこのタイプだ。
一方、「プロセスチーズ」はそのナチュラルチーズを熱して溶かし、再び成型したもの。火入れによって発酵や熟成は止まっているため、味や香りが変化しないのが特徴だ。「チェダーチーズ」や「ゴーダチーズ」といった種類があり、スライスチーズや6Pチーズなど、日本のスーパーやコンビニでよく見かけるものもこのタイプだ。
「料理に使いやすいのはプロセスチーズの方ですね。味が安定していて、小麦粉系の料理との相性もバツグン。焼いても溶かしてもおいしく食べられますし、日持ちがするので冷蔵庫にストックしておくと便利です」(森枝さん)
そんな「プロセスチーズ」のなかでも、世界的に最も生産量が多いのが「チェダーチーズ」だ。森枝さんも、アメリカで開催されている〈The Food Film Festival(食の映画祭)〉をお目当てにニューヨークやロサンゼルスを訪れたとき、どこへ行ってもチェダーチーズの料理を見かけたそうだ。
「アメリカで必ずと言っていいほどお目見えしていたのが、茹でたマカロニにチェダーチーズのソースを絡めて食べる『マカロニ&チーズ』。グラタンのような見た目ですが、肉などのメイン料理に添えられて出てくることが多いから、日本でいうポテトサラダの印象に近いかな? ソウルフードというと大袈裟だけれど、みんな大好き。そんな料理です」(森枝さん)
アメリカを訪れた際に森枝さんは、ニューヨーク北東部のチャタムにある牧場とチーズ工房を訪れたという(写真提供:森枝幹)
“マッケンチーズ”の愛称でも親しまれるこの料理は、まさにアメリカンフードの代表選手。子どもたちの大好物でもあり、家庭料理の定番だ。インスタント食品のマカロニ&チーズもあり、映画『ホーム・アローン』では主人公・ケビンが家に残された際、一人でクリスマスを祝福しつつ食べていた。
ちなみに、海外ドラマ『デスパレートな妻たち』で主人公・スーザンが唯一つくれたのもこの料理である。どんなに不器用な人でも絶対につくれるカンタン料理の代名詞なのだ。栄養満点にして最高にお手軽、今回はそんな「マカロニ&チーズ」にチャレンジだ。
「今回は本場にあわせてチェダーチーズを使いますが、向こうでこのチーズがよく使われるのは手に入りやすいから。日本の場合はピザ用チーズやプロセスチーズの方がおなじみですから、それらでも代用可能です。ポイントは、チーズをケチらずにたっぷりと使うのがおいしさの秘訣ですよ」(森枝さん)
まずは鍋に生クリームを注ぎ、卵とバターをくわえよう。続いて刻んだチーズを入れる。このあたりから底部が焦げやすくなるので、ゆっくりとかき混ぜながら火を入れるのがコツだ。さらに白味噌をくわえてコトコトと中火で煮込む。
「この白味噌もポイントの一つ。本場のマッケンチーズは、味がうすい、ぼんやりした印象になりがちなのです。そこで、日本が誇る発酵食品・味噌の出番! 栄養価の高さから“医者いらず”と謳われてきたこの万能調味料を隠し味に使って、チーズの風味にまろやかな甘みと塩気、コクをプラスします」(森枝さん)
さて、もう一つの鍋でマカロニを茹ではじめよう。このとき、マカロニをやわらかめに仕上げると本場のイメージに近くなる。茹であがったマカロニを熱々のチーズの鍋に加え、最後にピリッと辛いからしを加えれば……
「おまちどうさま! 『アメリカン マカロニ&チーズ』の完成です。盛りつけるときは、シンプルなお皿にドカンと大盛りにするとアメリカっぽいですよ」(森枝さん)
熱々の湯気をたてながら、チーズがとろりと糸を引く「マカロニ&チーズ」。マカロニをチーズソースの海にくぐらせ、口に運んだ森枝さんは「味噌とからしの効果で本場を超えましたね」と不敵な笑み。
「実は、アメリカの旅では味のしない『マカロニ&チーズ』が登場して、塩胡椒をかけてもくもくと食べた悲しい記憶もあるんです…。でも、このレシピなら味噌が効いて塩気もコクも絶妙だし、からしもまるでマスタードのような風味になってキレのいい後味になりました」(森枝さん)
舌にのせた瞬間は淡くやさしい味に思えるが、マカロニを噛むうちにチーズのまったりとした濃厚なコクに心が満たされる。ピリッとした辛みに次の一口が促される。
「本場では各家庭によってチーズの種類を変えたり、スパイスやトリュフをかけたり、ホワイトソースを足したりとさまざまなアレンジで楽しんでいますね」(森枝さん)
つくり方こそ簡単だが、実は奥が深い料理なのだ。秋ならバターで炒めたキノコに添えてもいいし、温野菜とあえてもおいしい、と森枝さん。秋の気配がしてくると、クリームソース系の料理が欲しくなる。今夜はアメリカの“ママの味”で、お腹も心もほっこりと温まってみては。