わたしたちの身近にある発酵食材。
常備している人が多いものの、
その食べ方のレパートリーは意外と少ないかもしれない。
そこで世界の料理に精通する森枝幹シェフが、
アレンジレシピを考案。
自宅の台所から、世界の食卓へ出かけてみよう。
今回のお題は「キムチ」。
発酵ならではの濃厚なコクを味わえる、
暑い夏にピッタリなキムチを使ったメニューとは!?
韓国で誕生し、日本でも日常的に食されている「キムチ」。韓国では、白菜や大根などの材料によって、あるいは風土や季節によって、約200もの種類に富むとか。腸をすっきりと整えるはたらきや、アドレナリンの分泌を活発にして発汗を促すはたらき、そして豊富な栄養価をもつ発酵食材だ。世界を食べ歩く森枝シェフの手によって、このスーパーフードが絶品の冷製麺に。夏の暑さを吹き飛ばすパワフルな一皿を、どうぞご一緒に。
白菜や大根、キュウリなどの野菜を塩で漬け、さらに唐辛子やニンニク、魚介の塩辛類などを加えて乳酸発酵させた韓国の漬物「キムチ」。もともとは厳寒期に向けた保存食として野菜を塩漬けにしたのが始まり。その後、唐辛子の伝来や水産物の塩漬け技術などがかけ合わさり、現在のキムチができあがったという。
キムチに含まれる植物性の乳酸菌は、腸内の善玉菌を増やし、腸内環境をすっきりと整えてくれる。また、ビタミン類や食物繊維を多く含み、免疫力を高めるはたらきも。さらには唐辛子に含まれるカプサイシンが代謝アップを助けるなど、健康にもいいことずくめ。まさしく韓国が誇るスーパーフードだ。
「日本でもキムチは人気ですが、韓国のキムチとは味がやや異なります。日本のものは白米に合わせて食べる前提だからでしょうか、韓国のものより旨みを強調したものが多い印象です」
森枝さんがそう指摘する通り、実は日本で売られている国産キムチは、本場・韓国と違って定義が広く、発酵させずに調味料に漬け込んでつくる“浅漬け”タイプが少なくない。その場合、酸味や香りが穏やかで、旨みや甘味が強いキムチになる。
「一方、本場の発酵したキムチは酸っぱいのが特徴。乳酸菌のつくり出すヨーグルトを思わせる酸味とシュワッとした口当たり、唐辛子の辛み、野菜と魚介の旨みなどが合わさった独特の味がしますよ。これがとっても美味なのです。日本で本場のキムチを選ぶ際には、韓国食材店や焼肉屋さんなどで売っているものがおすすめです」
先に紹介したキムチのパワーも“発酵”があってこそ。これまで何気なく選んでいたキムチだが、使い道や好みの味によって選ぶことができそうだ。
さて、夏になるとキムチの一種である「水キムチ」をつくることもあるという森枝さん。韓国の記憶で最も新しいのは2019年春のこと。このとき、現地の寺院で特別な体験をしたそうだ。
マーケットで食材をチェックしたり、人気のレストランを食べ歩いたり。あるいは気に入った器を買ったり、生産地を視察したりと、シェフの旅はおのずと“食の旅”になる。韓国での滞在中、森枝さんは仏教寺院〈白羊寺〉を訪れ、「寺刹料理」の巨匠、チョン・クワン師との出会いを果たした。
寺刹料理とは僧侶が食べる料理のこと、つまりは韓国式の精進料理だ。仏教の慈悲思想に基づいた菜食主義で、肉類はもちろん、ネギやニンニクといったネギ科の植物も修行の妨げになるものとして使わない。
クワン師は、インターネット動画配信サービスの人気ドキュメンタリー番組で抜擢されたことをきっかけに名を馳せ、今では世界的なシェフたちが彼女のもとを訪れている。
クワン師(中央)と(写真提供:森枝幹)
「実際にお会いしたクワン師は、とてもかわいいおばあちゃんでした。彼女と一緒に味噌をつくったり、豆板醤をつくったりして、精進料理のレシピを教えてもらったんです。お寺の中にはたくさんの壺があり、キムチをはじめ、いろんな種類の漬物が眠っていました」
漬物の説明を受ける森枝さん(写真提供:森枝幹)
山菜のキムチ(写真提供:森枝幹)
「寺刹料理で使うキムチは、一般的なキムチのように塩辛や牡蛎などは使いません。唐辛子と塩だけでじっくりと漬けることが多いそうです。最後に彼女の精進料理をいただいて、野菜だけでこんなに多彩な表現ができるんだ、と感動しましたね ! 」
クワン師の寺刹料理(写真提供:森枝幹)
今回、森枝さんがそんな旅の記憶をもとにつくるのは、キムチと野菜をたっぷりと味わえる韓国の家庭料理「ピビン麺」。「ピビン」とは“混ぜる”という意味で、麺を辛いソースで混ぜることから、この名前がついたとか。本場では小麦粉かそば粉を使った極細麺を使用するが、今回麺にはそうめんを使う。では早速つくってみよう。
ピビン麺のイメージは、麺と具材とタレでつくる“冷やし中華”。まずはお湯に塩を入れ、トッピングの鶏むね肉を茹でることから始めよう。「熱が通ったら火を止めて、30分ほど湯につけておくと、しっとりした質感に仕上がりますよ」と森枝さん。
続いては、麺と混ぜるタレをつくる。メインは、鮮やかな赤色をした「コチュジャン」。名前の通り、粉末唐辛子(コチュ)と味噌(ジャン)を主とする発酵食品だ。「刺激的な辛みとともに甘味も感じられる奥深い調味料です」
沸騰したたっぷりの湯でそうめんを茹で、吹きこぼれそうになったら差し水を。茹で終わった麺は冷水で締め、両手で水気をギューッと絞ってタレの入ったボウルの中へ入れ、タレとよく絡ませる。
トッピングの具材は、そうめんに合わせて細く切るのがポイント。「茹でた鶏むね肉は細く手で裂いて。野菜はどんなものでもウェルカムです。パクチーを入れると、より本格的な味わいに。香りが強いのは根の部分なので、ぜひ捨てずに葉や茎とともに刻んで入れてみてください」
盛り付けるときのコツは、麺をひねりながら高さを出すこと ! 「こうすることでグッと華やかに見えますよ」と森枝さんからのアドバイス。
涼しげな色の器にレタスときゅうりを敷いて、赤く色づいた麺を盛り、キムチと鶏むね肉、ゆで卵をトッピングすれば……
「『韓国料理 ピビン麺』、完成です ! 」
食べる前におもむろにキッチンバサミで麺をザクザクと切り分けて、「こうすれば食べやすいし、本場っぽいでしょう?」と森枝さんがひと言。
大皿からピビン麺をとりわけて、「いただきます ! 」
お味のほどはいかが?
「うん、とっても夏らしい味 ! 麺は真っ赤な見た目に反して、激辛というよりはピリ辛です。キムチとコチュジャンに発酵ならではの濃厚なコクがあるから、いくらでも野菜を食べられそう。もし辛みが足りなければ、コチュジャンやラー油を足して調節してくださいね。お酢で酸味を強くするのもおすすめです」
旨辛いコチュジャンをたっぷり絡めた麺と味わい深いキムチが、噛みしめるたびに食欲をかきたてる。キムチの乳酸菌は熱に弱いため、火を通さずにそのままいただくのが一番。シャキッと冷えた夏野菜が体のすみずみに涼をもたらす。カロリーは控えめながら、ボリュームも栄養も満点だ。
「ピビン麺はどんな野菜ともマッチしますから、冷蔵庫に余ったものがあれば足してみて。梨やマスカットといったフルーツを入れてもおいしいですよ。彩りがきれいだから、生春巻きにしても映えますね」
メラメラと舌と体を燃やしながらも、口当たりはひんやりツルン。コリアンパワーの詰まったこの一皿は、きっと暑い夏の救世主になるはず。