
日本の地域に息づく伝統的な発酵と、発酵と共に生きる人々の暮らし。それは日本が誇る食文化のひとつです。そんな“発酵”を探し求める旅へ。読めば、地域と発酵がもっと好きになる。
今回は、冬の木曽の自然が育てた奇跡の発酵食品「すんき」を訪ねて。

長野県、木曽地方。高い山々と深い森に囲まれた冷涼な気候で、四季折々の自然の風景が美しく、澄んだ空気と清らかな水が、そこへ住む人々の暮らしを支えている。冬は雪深く厳しい寒さが訪れるが、土地の恵みを生かす知恵と工夫に満ちた、独特の保存食や発酵食が生まれた。
特に代表的なこの土地の郷土食といえば「すんき」である。300年以上前からあったといわれ、長い歴史と文化を持つすんきは、2017年より「地理的表示(GI)保護制度」の登録産品になっている。近年はおいしく健康的な発酵食品として注目され、さまざまな研究が行われている。
塩も麹も使わず、自然の乳酸菌だけが働く、摩訶不思議な発酵食品。木曽ですんきをつくる名人の畑や作業場を訪ね、奥深いすんきの魅力を探ってきた。
11月中旬。木曽福島の駅を降りると、一段と冷たい空気がズンと体にのしかかってくる。趣あるお土産屋が並ぶ少し開けた駅前から北へ車を走らせ、さらに御嶽山麓の開田(かいだ)の方へと登ると、あっという間に緑がどんどん濃くなっていく。山と森に囲まれたところどころの平地に、ぽつりぽつりと田んぼや畑があり、のどかな自然が延々と続く、まるで絵本の中にいるような風景である。

すんきづくりの現場を訪ねる前に、まずはすんきを食べてみようとそば屋へ入った。この地域では、すんきは味噌汁やそばに入れるのが一般的だという。「すんきとうじそば」という木曽地方の郷土料理で、すんきを仕込む冬の時期にしか食べることはできない。大きな鍋にすんきや具材をだしと一緒に入れ煮立たせ、そばは別で茹でておく。食べるときに「とうじかご」と呼ばれるとうじそば専用の柄の付いた匙状の竹かごにそばを入れ、鍋の中の熱々のだしで軽く湯がいて、具材と一緒に食べる。

鍋の中にかごでそばを「投じる」ことから、「すんきとうじそば」と呼ばれるようになったといわれる
すんきとは、赤かぶの葉や茎を乳酸菌で発酵させたものだ。漬物のように見えるが、塩分は入っていない。まずは単品で食べてみると、シャキシャキした食感が心地よく、さっぱり爽やかな酸味。次にとうじそばの鍋に入れると、すんきの酸味と旨みがだしの塩気と程よく混ざり合い、えもいわれぬ豊かな奥深い風味が生まれる。いざ食べ始めると、夢中になってやめられないおいしさだ。

別添えのすんきを箸休めに食べると、また口の中に酸味が広がってより一層、食欲をかきたてる
今回は地元民の田上仁さん、中島佐恵子さん、そして彼らと一緒に東京で木曽町へのツアーを企画運営する八間川さんともご一緒して、そばを食べながらすんきの話を伺った。

こうして鍋を囲んですんきそばを食べるのが、木曽の冬の風物詩
八間川さんは開田高原や、そこで活動する人々に惚れ込んでこの地に何度も通い、地元で活動する田上さん、中島さんとも協力しあって、心身共に健康になる「すんき漬けツアー」を実施するなど、すんきをはじめとした木曽の文化や郷土食を広く知ってもらう活動を行っている。
※すんき漬けツアーは毎年11月頃に、(株)さとゆめが運営する地域情報サイト〈さとタボラ〉で「さとタボラトリップ」として人数限定で募集される
家族みんなすんきが大好き、という中島さん。
「すんきを食べるのは基本的に冬の間だけです。11月につくって、3月には食べ切ってしまいます。乳酸菌の力だけで発酵させるすんきは、塩が入っていないため、気温が高くなると痛んでしまうんです。家では暖房の入っていない寒いところ、漬物部屋などに置きっ放しで冷蔵庫には入れません。桶から出してすぐに食べるのがやっぱり一番おいしい」

今年、出来たてほやほやのすんき。冬の始まりは「すんきは浸かった?」というのがこの地域の挨拶
「すんきは、この辺りでは普通にどこの家にもあります。学校の給食にも出ますよ。各家庭でつくるので、それぞれ味が違う。おいしくできた人から少し分けてもらい、それをタネにしてつくることもあります。食べ方は、みそ汁に入れて食べる家庭が多いです。冬の朝といえば毎日すんき汁。寒い時期だけのお楽しみなんですよ」と田上さんもうれしそうに語ってくれた。
みそ汁は通常あまり煮込むことはしないが、すんき汁の場合、煮込むほどに酸味も旨みも増してきて、貝の旨み成分のような別格の深いおいしさが出てくるという。煮たたせずに最後に加え、すんきのシャキシャキ食感を楽しむのが好きという人もいる。
地元の人たちがそれぞれ楽しみに食べているすんき。冬の限られた時期だけしか食べられない、幻のような逸品だ。一体どうやってつくっているのだろうか。
いよいよすんき名人として慕われる、野口廣子さんを訪ねた。
木曽では毎年、すんき名人を選ぶコンクールを開催しており、野口さんは何度も入賞している。現在は〈スローフード木曽〉が主催し、「すんき品評会」という名前で2025年12月に第4回が開催されたが、その以前から別の主催者で行っていたコンクールと併せると27回目だそうだ。多いときには60人くらいの挑戦者がエントリーしたという。現在も、すんきは木曽の人たちの日常の暮らしに深く溶け込んでいる。

地元の人が家庭で漬けたもの、小学生たちが授業でつくったものなどもあり、このコンクールを生きがいに、毎年すんきをつくっている人もいるそうだ

野口さんの工場の入り口に掲げられた「かぶ漬け」の看板
御嶽山を正面に臨む、開田高原に登る途中に野口さんの作業場がある。標高1000メートルを超える自然がいっぱいの場所で、夏は冷涼なリゾート地であり、冬は雪深く、近くにはスキー場もある。そばの名産地としても知られ、先ほどのすんきとうじそばはこの近くで食べた。作業場の建物のすぐ近くには、すんき用の赤かぶを育てる畑がある。

御嶽山の火山灰地で育ったかぶが、すんきには適しているという
野口さんは夏の間はトウモロコシを栽培しているそうで、8月終わりから9月ごろに種を蒔くと、冬が来る頃に葉がぐんと伸び、実りの時期になる。気温が低くなって、霜に1~2回当たってから収穫をする。霜によってかぶの甘みがぐんと増し、発酵がうまくいくそうだ。収穫したら2、3日置いて水分を抜き、少ししんなりしてからすんきにするのがいいという。

すんきの材料は主にかぶ菜の方なので、畑には2~3株ずつ植えられている
シーズンになると、午前中は畑のかぶを収穫し、午後はすんきづくりに取りかかる。野口さんが栽培しているのは「開田かぶ」という赤かぶの在来種だ。すんきに使うのは主に茎と葉の部分。赤い実の部分は別途、甘酢漬けにして無駄なく使い切る。これはこれで、とてもおいしい漬物だ。試しに畑からかぶをひとつ引っこ抜いてみると、案外スルッと容易に抜けた。ふかふかの土壌は、地元の牧場からつくられた牛糞堆肥を活用しているそうだ。
野口さんの作業場には、地元の人たちがたくさん手伝いに集まっていた。野口さんのすんきは直売所で販売も行っており、大量につくる必要がある。すんきづくりは赤かぶの収穫期に一気につくるため、大変忙しく、毎日みんなでいっせいに作業する。

地元の方たちが集まり、和気あいあいとした作業場
まずは収穫した赤かぶを茎や葉の部分と、実の部分で切り分け、葉はよく洗って土などをきれいに取り除く。

慣れた手つきで、次から次へと仕込み作業を進めていく
流れ作業でどんどん洗って水を切り、穂先を揃えると、次は別の担当者が食べやすい大きさに細かく切っていく。かぶの実と茎の根元のところに多くの乳酸菌がいるそうで、葉の付け根の実の上部も切り刻んで一緒に加える。
これらの細かく切ったかぶは、60℃くらいの手が入れられるかどうか、という温水にさっと素早く潜らせる。この温度の見極めが重要で、熱すぎると乳酸菌が死んでしまうし、低いと発酵がうまくいかない。

「茹でたり煮込んだりするのではなく、温めるという感覚ですね」と野口さん
昔は外に大釜を出して、薪で火を焚いて湯を沸かしていたそうで、どこの家にもすんき専用の釜や木桶があったという。その当時は温度などもまだまだ解明されておらず、見よう見まねで勘を働かせ、体で覚えたコツが親から子へと受け継がれていったのだ。

仕込みは野口さんの独擅場。重い仕込み桶を軽々と動かしていく様は、70代の仕事とは思えない
温めたかぶは、桶の中に空気を抜くように詰めていく。毎年タネを繋いでいくことも特徴的なつくり方だ。その年初めて仕込むすんきには、タネと呼ばれる前年のすんきをところどころに加え、交互に重ねて敷き詰める。次の年のために前年に少しだけ残して、冷蔵庫で保管しておくそうだ。

おいしくできた人からタネをおすそ分けしてもらうこともあるそう

桶の中をのぞくと、細かく切った茎と葉、実がカラフルに散りばめられ、まるで万華鏡のようである
温めた湯も適度に加え、桶に満タンに詰めたあとは密閉し、熱を逃さないよう毛布に包んで常温で室内に置いておく。この保温が重要で難しい。室内といっても暖房は入っていない木曽の冬の気温の中である。桶の中を適度な温度に保つと、多様な乳酸菌が活動を始める。保温の仕方やどの温度でどのくらいの時間を過ごすかで、どの種類の乳酸菌がどんな働きをするかも変わり、味や香りが違ってくる。
「すんきには自然の乳酸菌が無数にいて、この土地にしかいないものもあるそうです。それぞれ違った特徴があり、それらが複雑な酸味や旨みを醸し出してくれるんです。すんきはすんきであって、漬物という表現だとちょっと違う。言うなれば“発酵野菜”ですね」と野口さん。

「霜が降りた頃に収穫するかぶが、一番おいしくできるんですよ」と野口さん
かぶの葉が色褪せ、実の色が濃く変化してきたらできあがりの合図。だいたい二日くらいで完成するそうだ。すんきはこの土地の気候風土がなければ、やはりつくることは難しい。別の土地でつくろうと赤かぶを持ち帰った人もいたそうだが、発酵がうまくいかなかったという。
野口さんのすんきづくりの手伝いに集まったみなさんにも話を聞くと、みんなここで手伝っているけれど、自宅で自分たち用にもつくっているとのこと。家庭菜園で赤かぶを育てている人もいた。食べ方の話になると、すんきは鰹節と醤油をかけてそのまま食べてもおいしいそうだ。味噌汁やそばに入れるほかは、カレーや炒飯に使うという人もいた。少し古くひねたすんきはチーズにも合うという。しかし古くなる前にみんな食べ切ってしまうことも多いそうだ。

「おいしくてみんな大好きだから、さっさと食べきっちゃうのよ」と笑いが絶えない
乾燥させて保存する方法もあり、乳酸菌のおかげか、ドライにすると2年経ってもカビないらしい。とにかくすんきは、冬の時期になると食べずにはいられないのだという。
もう50年近くすんきをつくり続けている野口さんに、すんきの魅力を聞いてみた。
「なんだろうねえ。あのじわっとくる、体に染み込むような酸味がこの寒い時期に食べるととてもおいしいんだよね。飽きずにいつまでも食べ続けていられる味なんです。もうすんきに心を乗っ取られた感じですよ」
野口さんのすんきは人気が高く、シーズンが始まると、全国から注文がくる。地元の人がタネに使いたいと買いに来ることも多いそうだ。
「すんきは最近つくる人が少しずつ増えているんですよ。うれしいニュースです。さっきすんきを買いにきた人の話では、子どもが小学校でつくったものが賞を取ったので、今年は家族でつくることになったそうです。塩分がなく、植物性の乳酸菌が豊富なので健康にいいといわれますが、結局おいしいんですよ。みんなすんきが好きで、たくさん食べたいからつくるんですよね」と野口さんは笑う。

すんきをよく食べているからなのか、野口さんをはじめみなさんの肌艶が良いのが印象的だった
すんきの発祥ははっきりとわかっていないが、古文書や、芭蕉一門の連句に「木曽の酢茎(すんき)」と詠まれた記録が残っており、300年以上前から存在していたといわれる。海のない長野県で塩はその昔、大変な貴重品であり、海沿いでつくられた塩は、なかなか山奥深い木曽まで届くことはなかった。寒く厳しい冬の間、塩を使わずとも食べ物をどうにか保存しておきたい、というこの地に住む人々の切なる願いが、できる限りの知恵と工夫を凝らした、すんきの誕生に繋がったのだろうか。
長い歴史のなかで淡々とつくり続けられ、木曽に暮らす人々に深く愛されてきたすんき。これからも大切に繋いでいきたい発酵食品である。
〒397-0301 長野県木曽郡木曽町開田高原末川3904−1
0264-42-3100
https://kaidakogen.jp/food/matsuba/
〒397-0002 長野県木曽郡木曽町新開8418-1