岩手・陸前高田市に誕生した発酵パーク〈CAMOCY(カモシー)〉

発酵を身近に感じて育った今泉の人々の願いが、カタチに。

日本の地域に息づく伝統的な発酵と、発酵と共に生きる人々の暮らし。それは日本が誇る食文化のひとつです。そんな“発酵”を探し求める旅へ。読めば、地域と発酵がもっと好きになる。

今回は、2020年12月にオープンした発酵をテーマにした複合施設を訪ねに、岩手へ。

岩手と宮城の県境にある陸前高田市。気仙川と海を結ぶ河口近くに位置する今泉地区は、古くから2つの街道が交差する交通の要所であり、宿場町として栄えた土地だ。地名の通り、地下水が湧き出たことから醸造業が盛んで、暮らしのそばにいつも発酵の香りがただよう集落だった。

しかし、2011年3月に発生した東日本大震災は、風景だけでなく身体になじんだ生活の匂いも、地元の人々から奪い去っていった。再び今泉地区に「発酵文化」の種を撒こうと、地道な活動を進めてきた地元有志。

そして、2020年12月。念願の発酵テーマパーク〈CAMOCY(カモシー)〉が完成した。いうまでもなく、酒や醤油をつくることを表す「醸す」にちなんだネーミングである。さっそくオープン後の現地を訪ねた。

かさ上げした気仙川沿いに建つCAMOCYは、蔵をイメージした木造建築。

東日本大震災から10年、
ついに誕生した醸しの里

午前10時の開店と共に、近隣の住民たちがやってくる。高い天井の店内は自然光が差しこんで心地よい。建物の外装も内装も地元・陸前高田市の木材をふんだんに使っており、テーブルや椅子などの什器もオリジナル。地元の製材所や鉄工所で製造したそうだ。木造平家建のフロアには、7つのテナントが入り、発酵をキーワードにしたモノ、コトがこの場所で始まっていくと思えば、住民でなくても心が躍る。

明るく開放的な店内は、オープン直後から人が集う場所に。

CAMOCY立ち上げの先導役として動いてきたのは、江戸時代から9代続く味噌・醤油蔵〈八木澤商店〉の河野通洋さんだ。

河野さんは語る。「今泉一帯は歴史ある町。およそ500軒の民家がお互いに支え合ってきた。味噌・醤油屋、麹屋、酒蔵もあって、私も含め多くの人は、幼い頃から豆を蒸したり、小麦を挽く機械の音、醤油の火入れや米を蒸す匂い、古い蔵造りの趣に包まれて育ってきたんです。全て失ったけれど、震災直後に住民協議会をつくり、祭りの復活、産業復興、発酵をテーマにまちづくりを計画してきました。元どおりにはならないが、昔の雰囲気や面影を感じる今泉を再びつくりあげたい、ずっとそう思ってきました」。

八木澤商店の河野通洋さん。

現在営業する店舗は、発酵食品を使ったおひつ膳と甘味を提供する〈発酵食堂やぎさわ〉、毎日焼きたてのパンが並ぶ〈ベーカリーマーロ〉、発酵食品のお弁当と惣菜の店〈ジャンティー〉、クラフトビールを醸造する〈陸前高田マイクロブルワリー〉、薬剤師が手がけるオーガニックチョコの〈カカオブローマ〉、世界中の発酵食品が並ぶ〈発酵マーケット〉、物販や小さなイベントも可能なポップアップスペース〈2坪〉の7店。皆、唯一無二のストーリーを持つなか、河野さんにいくつかを案内してもらった。

朝早くから、パンの香りが人を誘う
〈ベーカリーマーロ〉

まずは、市内初の本格的パン専門店・ベーカリーマーロへ。CAMOCYの営業時間より少し早い午前9時、ベーカリーマーロがオープンする。同店のオーナーはCAMOCYの代表である田村満さんが務めている。“近隣の人たちが散歩がてら立ち寄り、一杯のコーヒーと共に焼きたてのパンを一つ買って、家族や近所のできごとを語り合う”、そんな日常に溶け込むパンづくりをめざしているという。

発酵をテーマにした場所にパン屋が店を構えるのは自然な流れだが、陸前高田市とパンは震災以降、あることを縁につながってきた。

「震災直後に食糧不足で困っていた頃、東京のパン屋さんが中心になって避難所にたくさんのパンを届けてくれたんです。それがきっかけで知り合ったのが千葉県松戸の人気パン店〈ツオップ〉の伊原さんでした。その後、市内で小学生向けのパンづくり教室を開いたり暖かな火を囲んでパンを焼くワークショップをしたり、パンを通じて地域のみんなにコミュニケーションを育んでくれています」と河野さん。

奥の厨房から、焼きたてのパンを次々に店頭に並べる店長。

店長を務める塚原涼子さんは、その伊原さんとの縁で東京から移住。岩手は初めての土地だが、「あまり深く考えずに来ちゃいました」と軽やかだ。さらにUターン組や地元在住のスタッフを揃え、女性6人が店を切り盛りする。塚原さんにベーカリーマーロのパンづくりについてたずねた。

「パンは特別な日の食材ではなく、日常の生鮮食品の一つ。普段の食事として、できたてのものを買って食べてもらえたらいいなと思います。素材もなるべく身近なものを使えたらいいですね」。

店に並ぶパンは約20種類。地元でとれる旬の食材を使ったパンづくりにも取り組んでいる。取材当日には、地場で採れた三陸のワカメを生地に練りこんだパンや、〈米崎リンゴ〉をたっぷりのせたパンが並んでいた。他にも八木澤商店の醤油や味噌を使ったり、フロア内店舗とのコラボ商品も増やしていくそうだ。

バゲットなどのハード系、食パン、調理パン、誰もが食べやすい菓子パンなど、迷うのも楽しい。

バゲットには県産南部小麦を使っているが、「粉の味をしっかり感じられ、精製しすぎない素朴さがいいですね」と塚原さん。地元の粉だけでなく、ブドウやリンゴなどの果実、米や酒など自家製酵母を使ったパンも徐々につくっていきたいという。

ベーカリーマーロは、常にパンを焼く香りが漂う場所。スタッフがパンを取り分ける対面スタイルによって、お客さんとの会話が生まれ、好みを知ることもできる。「まだスタートしたばかりなので、お客さんの好みを伺いながら40種ほどに増やしたいと思っています。1個だけでもいいので、ふらりと立ち寄って欲しいですね」と塚原さんは微笑む。

発酵に魅せられた薬剤師がつくる、
オーガニックチョコ〈カカオブローマ〉

一方、フロアの奥に目をやると、オーガニックカカオを使ったチョコレート工房・カカオブローマがある。そう、チョコレートもれっきとした発酵食品なのである。チョコレートに使うカカオは果肉を落とした種の部分。白い果肉がついた実をバナナの葉で覆って酵母菌で発酵させ、アルコール発酵、酢酸発酵を経て、カカオの香りや味、風味ができあがっていく。

同工房のチョコレートは、南インド産のオーガニックカカオと自然農法で栽培した沖縄県産の黒糖が主原料。「オーガニックカカオというだけでも珍しいが、カカオバターや植物性油脂を一切使わず、昔ながらの製法でつくっているのは国内でも他に例を見ない。カカオ含有率が高いながらも、しっかりと甘みを感じられるんですよ」と河野さんも絶賛する。

カカオ66%をベースに、カカオ量を増やした商品、塩やピスタチオ入りなど7種類が定番ラインナップ。

そして、陸前高田市のチョコレート工房はカカオブローマだけではないというから驚きだ。実は、被災地支援の一環で、カカオブローマより先にフェアトレード事業の団体がカカオの焙煎や粉砕、練り上げまでを行うチョコレート工房〈リサチョコレート〉を立ち上げた。適正価格で海外からカカオ豆を仕入れることで原産国の子ども達の労働環境を改善すること、被災地に新たな雇用を生むこと、高齢者や障害者就労の促進など、将来に向けて持続可能な働き方を実現する貴重な取り組みである。

その活動に感銘をうけて弟子入りしたのがカカオブローマのオーナー、富山泰庸(よしのぶ)さんだ。富山さんの本業は訪問リハビリ事業や薬局経営。一見、まったく畑違いに思えるが「栄養価の高いオーガニックカカオのパワーでおいしい食と健康習慣を提案し、地域雇用にも貢献したい」との思いで、チョコレート製造に取り組み、同工房オープンに至ったのだ。

「これからは、季節の地元食材もどんどん使っていきたい」と話す店長。

店長の名古屋茜さんも管理薬剤師。「カカオに含まれるポリフェノールに抗酸化作用があるのは知られていますが、テオブロミンは血流を良くしたり食欲を抑えたり、脳をリラックスさせる作用があります。また、カカオは食物繊維もたっぷり、鉄、亜鉛、カルシウムやマグネシウム、ミネラルも豊富なので、便秘やむくみも改善され、抗菌作用もあります。世代を問わず、日々摂取してほしいですね」と語り、カカオの奥深さに惚れ込んでいることがわかる。

同工房では、リサチョコレートが一括して仕入れたカカオ豆を使うが、同じ豆でも、つくり手によって独自の仕上がりになる。コーヒー同様、焙煎から仕上げまでの奥深さ、出来上がった後も熟成によってワインのように味が変わる面白さもあると名古屋さん。黒糖は水分が多いので、粉砕したカカオ豆のペーストに黒糖を混ぜる際、時間をかけて少しずつ練り込んでいく。

また、カカオ豆を砕いてカカオニブにする際の薄い皮が苦味や雑味につながるので、丁寧に時間をかけて取り除くそうだ。「時間はかかりますが、その作業がチョコレートのなめらかさやクリアな味わいになる」と胸を張る。

工房内の一貫作業によって、カカオをよりフレッシュなまま加工できる。

「この小さなまちにフェアトレードのオーガニックカカオを使ったチョコレート工房が2つある。それってすごいことですよね」と河野さん。将来的に地元でカカオ栽培する構想もあるそうだが、陸前高田市からオール国産チョコレートの新しい発酵ストーリーが生まれるかもしれないと思えば、ワクワクがとまらない。

地元の味噌醤油を使った
〈発酵食堂やぎさわ〉でひと休み

こうして、2つの店舗を巡るだけで、発酵にまつわる深い話があふれている。気がつけば、フロア中央のフードホールには、近所のおじいちゃん、おばあちゃんも散歩がてら集まっていた。食べたり休んだり、弁当、惣菜、納豆一つでも買い物をしたり。子育て中のお母さんはおむつ換えをして開放感ある空間で子どもを遊ばせる。それぞれが思い思いに過ごす様子は、ショップを併設した公園や公民館のようだ。

さて、そろそろお昼時。よい香りを漂わせる発酵食堂やぎさわへ。八木澤商店の味噌や醤油を使ったおひつ膳は、ぜひ味わいたい一品だ。中でも「サケとイクラのおひつ膳」は、自家製醤油こうじに漬けた肉厚の三陸産サケと艶やかなイクラがのった贅沢なメニュー。だし汁をかけて、お茶づけ風に食べられるのも楽しい。

地元今泉産ご飯と味噌汁がついた「サケとイクラのおひつ膳」。南部鉄瓶や漆器など、県産工芸品を使いながら岩手全体のP Rにも努めている。

同食堂に隣接する発酵マーケットも、八木澤商店が運営するショップ。地元だけでなく、醤油や味噌をはじめとする全国の調味料、海外のチーズや生ハムなど、国内外の発酵食品を買える場所として進化させていくそうだ。

震災後、八木澤商店を支えた〈奇跡の醤〉をはじめ、全国各地の発酵調味料が並ぶ。テナント以外の地元事業者〈酔仙酒造〉〈神田葡萄園〉などの商品も取り扱う。

発酵食品や海産物に留まらず、イチゴ、リンゴ、ブドウ、ユズなど果物も豊富な陸前高田市は、食のテーマも多彩。「付加価値を共有して発信することで、『おらほのまちのCAMOCY』として定着し、外からも人を呼んで欲しい」と河野さん。実際にオープン以来、陸前高田の復興のシンボルとして県内外から多くのお客さんが訪れている。

CAMOCYを一巡りした後、今泉地区からほど近い広田湾を高台から見下ろす。大自然のなかにある「奇跡の一本松」は、思いのほか小さくて華奢だったことに気づかされる。住民の皆さんは、この小さな一本松を大切なよりどころに、一歩ずつ着実にまちへの思いを形に変えてきたのだ。

気仙川の向かいには、ワタミの体験型農業テーマパーク「ワタミオーガニックランド」も開業した。食と暮らし、そしてエネルギーまでも発酵の力によってどう変わっていくのか。〈CAMOCY(カモシー)〉の動きは、今後も目が離せない。

information

CAMOCY(カモシー)

address:岩手県陸前高田市気仙町字町15
営業時間:店舗によって営業時間が異なります。
詳しくは店舗情報をご確認ください
定休日:火曜日(全館)
web:https://camocy.jp/