甲府の冬の風物詩「手前みそづくり」

2種の麹を使った、世にも珍しい「甲州味噌」。

日本の地域に息づく伝統的な発酵と、発酵と共に生きる人々の暮らし。それは日本が誇る食文化のひとつです。そんな“発酵”を探し求める旅へ。読めば、地域と発酵がもっと好きになる。

今回は、手前みそ文化を支える麹屋さんを訪ねに、山梨へ。

日本人にとって、なくてはならない調味料のひとつ、味噌。
戦国時代の武将たちにとって、味噌は兵糧として重宝された。保存が効き、栄養価が高く、持ち運ぶにも便利。干す・焼くなどした味噌を味噌玉にして、干し野菜などと一緒に竹の皮に包んで持ち歩き、そのままかじったり、お湯を注いで飲んだりしていたらしい。

味噌と武将たちに関しては多くのエピソードがある。健康オタクといわれる徳川家康が自分の故郷の味である「八丁味噌」を好み、日々欠かさず味噌汁を飲んで長生きした、という話は有名だ。伊達政宗は戦での味噌の重要性を唱え、仙台城下に味噌を大量生産するための日本初の製造所「御塩噌蔵(おえんそぐら)」を建てた。

甲府市内にある〈おかめ麹〉の味噌蔵。昔ながらの木桶仕込みは全国的にも希少になりつつある。

そして今回の舞台となる山梨県甲府市は、武田信玄のお膝元。信玄も味噌づくりを奨励していたが、興味深い俗説がある。一般的に味噌は地域によって、米麹を使った「米味噌」、麦麹を使った「麦味噌」(主に九州地方で食べられる)、大豆自体を麹にした「豆味噌」(中部地方に多い)の主に3つに分けられるが、甲州味噌は、米麹と麦麹の2つの麹がブレンドされている「合わせ味噌」なのだ。というのも、甲府盆地は狭くて斜面が多いため、稲作には適さない土地だった。思うように米が収穫できず、その対策として信玄の号令のもと麦が育てられたという。甲州味噌は、この地域の気候風土がもたらした、ちょっと珍しい味噌なのである。山梨県の郷土料理「ほうとう」にももちろん、甲州味噌が使われてきた。

最近では様々なスープのほうとうがあるが、甲府市にあるほうとう屋〈金峰〉では甲州味噌を使ったほうとうが味わえる。

再熱する手前みそ文化

山梨県では、毎年10月の終わり頃になると「麹屋さんで麹づくりが始まった」と地元のテレビや新聞がニュースとして取り上げる。ああ、そろそろ味噌をつくる時期がやってきたな、と山梨の人はこのニュースを聞いて季節を感じるらしい。

甲州味噌を世に広め、手前みその楽しさを伝える伝道師のいる、〈五味醤油〉を訪ねた。創業は明治元年。会社名は「醤油」だが、現在醤油はつくっておらず、味噌と麹が主な商品。冬の時期は毎日麹仕事が行われ、午前中に米麹、午後から麦麹づくりと忙しい。五味醤油では、蒸した大豆に米麹と麦麹を半々の割合で混ぜ、木桶に仕込んで天然醸造で甲州味噌の発酵・熟成を行う。

大きな窯で蒸し上がったうるち米をほぐしながら麹菌を混ぜ合わせる。

「最近は味噌より麹の売り上げの方が増えているんです」と話すのは6代目の五味仁(ごみひとし)さん。昔はどこの家庭でも日常的につくられていた手前みそだが、高度経済成長によって大量生産品が発売されると、次第に廃れていった。しかし、近年また盛り返しているという。取材中も店には麹を求める客が一人二人とやってくる。若い女性客の一人に尋ねたところ、一度手づくりすると、そのおいしさにハマって毎年つくってしまうそうだ。米麹と麦麹を両方買うのは甲府っ子にとっては当たり前。その味が舌に刷り込まれているという。

仁さんと妹の洋子さんは、発酵好きにはお馴染みの「発酵兄妹」として活動している。発酵デザイナー・小倉ヒラク氏と共に地元のラジオに番組をもつなど、活動は多岐に渡るが、そのなかでもメインといえるのが味噌づくり教室。学校や幼稚園で子ども達に教えることも多く、そこから生まれたのが「手前みそのうた」。メロディーに合わせて歌って踊りながら、味噌づくりの基礎を理解させ、自然にその楽しさを伝えている。味噌の魅力を多方面に発信する2人の功績もあり、山梨では少しずつ手前みそを始める若い人が増えているそうだ。

醸造を担当する6代目・五味仁さん(左)と広報担当 兼 看板娘の五味洋子さん(右)

五味醤油では、2016年に〈KANENTE(カネンテ)〉というイベントスペースをつくった。富士山のようなユニークな形の屋根は、屋号である「やまご(山+五)」から山を表現しているというが、「人」「食」などの文字もイメージさせる。

KANENTEとは、地元の「金手(かねんて)」という地域の名前を表し、街の発展を願って名づけられた。

ここでは手前みそ教室をはじめとする様々な食の体験を行い、人々が交流し、楽しめる場所として運営されている。洋子さんを講師に迎え、実際に味噌をつくってみると、粘土遊びのような楽しさで、ワイワイおしゃべりしていたら、あっという間にできてしまった。大豆を煮るなどの手間のかかる作業を事前にやっておいてくれるため、初心者でも簡単につくることができる。

「手前みそのうた」を口ずさみながら仕込むと、自然と工程も頭に

甲府市内の麹屋さんをてくてく巡る

甲府市内には、今も麹を販売する店が五味醤油以外に2軒ある。最も古いのは、元禄元 (1688)年創業の〈冨士井屋糀店〉。カラカラと引き戸を開けると、店内には「室蓋(モロブタ)」と呼ばれる、やや細長い楕円形の木のトレイが所狭しと積み上げられ、中には出来たばかりの麹がきれいに収まっていた。もちろん米麹と麦麹の両方を扱っており、一口味見をしてみると、米麹はふんわり甘く、麦麹は穀物特有のやや香ばしさがある。

「うちの麹は力強さが違うよ!」と店主が教えてくれた。

珍しい形の室蓋は、昔から同じものを使い続けているそうで、角がまあるい方が麹をさっと広げやすく、取り出すにも勝手が良いという。卓球のラケットのような大きくて平たい専用のヘラが、麹蓋の底にぴったりフィットして、スパッと外れるのだ。底板の材質はもみの木。適度に水分を吸収し、麹の調子を整える。冨士井屋糀店では、米味噌と麦味噌を天然醸造で別々につくり、客が購入するときに、好きな配合でブレンドできるようにしている。客それぞれが、自分だけのオリジナル甲州味噌を持ち帰る。

もう一軒訪ねたのは明治27年創業の〈おかめ麹〉。

家族で甲府の麹文化の一角を守り続けている。優しい人柄が麹にも乗り移っているよう。

こちらも室蓋で麹をつくっている。室蓋は6000枚ほどあるそうだが、つくれる職人がもういないため、自分たちで直しながら大切に使っているという。麹を買いに来る客には、グラム単位ではなく、室蓋2枚分でいくら、という昔ながらの勘定だ。ここでも味噌は麦味噌と米味噌を別々で仕込み、甲州味噌として店に出すときに独自の配合で混ぜているという。

おかめ麹で使用する室蓋には2種類あり、米麹は角型の室蓋(写真)で、麦麹は楕円形の室蓋で仕込む。

また、おかめ麹には「味噌作り代行」というおもしろいシステムがある。大豆を茹で、麹と一緒に樽に仕込むところまでを店が行い、それを自宅に持ち帰って各自で熟成させる。売っている味噌との違いは熟成場所だけだが、それでも他のどこにもない家の味になるのだから、発酵は面白い。

おかめ麹には、手前みそをつくれる作業スペース「みそ造り工房」もある。私たちが訪ねると、20代の男性が一人で味噌をつくっていた。一昨年から大豆も自分で育てているという。ここでは前日に大豆を持っていけば、鍋で煮ておいてくれるそうで、次の日すぐに仕込み始められるとても便利なシステム。まるで喫茶店でお茶でも飲むような気楽さで、手前みそづくりが行われているのだ。春と秋には、子連れのお母さんたちが気兼ねなく参加できる教室も開催している。

自分で仕込んだ味噌で周りが喜んでくれたことで、手前みそづくりにのめり込んでいったという。

3軒の店の麹を試しに味見してみると、それぞれの個性が表れていて、味も全く違う。

「お気に入りの麹屋さん一筋に何年も通っている人もいれば、毎年違う麹屋さんで試してみる人もいる。歩いて回れるので、スタンプラリーのように3軒をハシゴしてもいいと思う。それぞれが好きなように手前みそづくりを楽しんでくれたら嬉しい」と仁さん。3軒の麹をブレンドした「甲府味噌」がつくれたら面白いなあ、と楽しそうに語ってくれた。甲州味噌は、つくり手と地元の人々にしみじみと愛されている味噌なのだった。

甲府市内にある3軒の麹屋さんの米麹。パッケージもそれぞれの個性が光る。

information

五味醤油

address:山梨県甲府市城東1-15-10
tel:055-233-3661
web:https://yamagomiso.com

おかめ麹

address:山梨県甲府市若松町6-34
tel:055-233-4939
web:http://okamekoji.co.jp

冨士井屋糀店

adress:山梨県甲府市中央4-5-33
tel:055-233-2638

金峰

adress:山梨県甲府市徳行1-13-18
tel:055-226-5493