遊牧民との出会いから生まれた、
日本初の乳酸菌飲料

HAKKO! STORY 001

愛され続けて100年。「カルピス」の誕生秘話

発酵食品に仕事として深く関わる“発酵人”たち。彼らの思いが込められた、様々な発酵ストーリーをご紹介します。

今回は、日本初の乳酸菌飲料「カルピス」を作り、カルピス社を創業した人物、三島海雲(みしまかいうん)の発酵ストーリー。

「カルピス」誕生ストーリー

「カルピス」の生みの親である三島海雲は、1878(明治11)年7月2日、現在の大阪府箕面市にある教学寺の長男として生まれました。成長した海雲は英語教師となり、仏教の大学(現在の龍谷大学)に編入しますが、入学して間もない1902(明治35)年、大学から中国大陸への渡航すすめられます。

海外への旅が珍しかった当時、中国大陸は日本青年にとって憧れの土地でした。そんな時代背景の中で、海雲も大きな夢を抱きながら海を渡ります。

中国で教師の仕事をしていた海雲は、やがて雑貨商の事業を始めます。そして、仕事で内モンゴルを訪れたとき、「カルピス」の原点である乳酸と出会います。

長旅の疲れから胃腸が弱り、体調の悪さを感じていた海雲に、当時の遊牧民たちは白くて酸味のある発酵乳を与えました。その発酵乳のおかげで、海運は体調を取り戻したのです。

日本へ戻った海雲は、その時の発酵乳をヒントに不思議な飲み物を作りました。それが、発酵食品であり、日本初の乳酸菌飲料でもある「カルピス」です。

1919年7月7日の発売以来、「カルピス」は、子どもから大人まで多くの人に愛されてきました。海雲が掲げた、おいしいこと、滋養になること、安心感のあること、経済的であること、という4つの本質価値を守りながら進化を続けています。

そして発売100周年を迎える今年。「カルピス」は、「『カルピス』発酵BLEND PROJECT」を通じて発酵文化を盛り上げる活動に力を注いでいます。

活動の一環である、各地の発酵食品と「カルピス」を混ぜ合わせたフレーバーを展開。「カルピス」だからこそできる、美味しくて、体によい発酵食品の魅力を伝えています。

「発酵 BLEND PROJECT」とは?